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スキー3日目

 明けて1月23日。いよいよスキー最終日である。
 早朝までハラハラと雪模様だったのに、朝食時にはまるで山の神々が祝福してくれているかのような快晴だった。
 窓外の山々が輝いている。
 この日も朝風呂をいただいてから朝食におもむいた。作業員は朝早く出勤して行くので、7時半頃になると宿のレストランには我々以外に客はいない。
 自然、女将さんとお話タイムになる。
 毎朝毎夕そうやって北海道やニセコ周辺のワンポイント豆知識的オモシロ話をいろいろ聞いたりしていたが、朝は特にスキーに関しての質問タイムでもあった。
 スキーを2日してみて、思っていたほどスキーが運動にならないので太っていく、というような話をすると、
 「そりゃ、リフト6回くらいだったら、運動にはならないかもねぇ……」
 と、女将さんはイタズラっぽく教えてくれた。
 「ゴンドラ6回だったら、相当運動になるかもしれませんよぉ……」
 と、挑戦的につぶやく女将さん。
 フーム……。ゴンドラ?
 ゴンドラとは、リフトで行けるところよりもさらに上まで行く乗り物である。標高1000mほどのところまでたどりつく。
 リフトで降りたところから麓までは1500mほどだが、ゴンドラを降りたところからだったら3000mほどはあろうか。たしかに距離だけを見ても倍の運動量だ。
 コース案内図は見ていたので、それは僕らも知ってはいた。そこからでも初心者用コースをたどって下まで来れるってことも知っていた。
 ただし……。
 これまで滑っていたところでけっこう勾配がきついなァ、と思っていた部分の斜度は、ゴンドラの駅から降りてくる初心者コースの平均斜度よりも低いのである。平均でさえそうだってことは、基本的に全編もっともっときつい勾配ってことではないか。
 だから、僕ら程度では望むべくもない場所なのだと思っていた。
 ところが。
 朝の女将さんもスキー場まで我々を送ってくれたオーナー氏も、口を揃えて
 「だいじょーぶ!!」
 という。そうか、大丈夫なのか。そうだよなぁ、我々はもう完全にスキーヤーだものなァ!!
 だいたい、平均7〜8度が16度になったからって、700円の定食が1600円になるわけじゃないんだから、大したこたぁないやぁね。最大22度ぉ?ドーンと来い!!
 よし、今日は最終日、目指せゴンドラ!!

 昨日、朝のフカフカ雪がとっても気持ちよかったこともあって、8時半に宿を出た。たまたまこの日はオーナーも修学旅行受け入れの関係で9時までにはスキー場にいなければならないそうなのでちょうどよかった。
 初日、講習を受けていたとき以来の快晴である。アンヌプリの頂上はまだ雲の中だったが、日を浴びて輝くゲレンデ。3日目にして、ようやく心の底からあの歌を歌える。
 〜♪山は白銀、朝日を浴びて〜♪

 初日と違って心に随分余裕があるからオタマサも景色を堪能していた。 

 さて、ゴンドラへ……というほどまだ自信を深めていなかったので、まずは慣れたリフトへ。一晩寝ると、感覚が元に戻ってしまうのだ。3歩進んで2歩下がり翌日を迎えているわけである。

 リフトに乗るのはかれこれ9回目というのに、改札で1から10まで説明されるオタマサ。リフト券はJRのスイカのようなもので、カードを磁気読み取り部分に当てなければならない。肩にそれ用のポケットがある僕はそのまま肩をサッと当てるだけでOKなんだけど、オタマサのウェアーにはついておらず、毎回ポケットから取り出していたのだ。
 見るからに「初めて乗る人」って見えるからやむをえない。
 そうしてやっとゲートを通ると、今度はどうやってリフトに乗るか、ということも細かく説明されるオタマサであった。いかにオタオタしているかわかる。オタオタというよりはモサモサってところか。

 リフトから眺める景色もこれまた素晴らしかった。
 快晴のスキー場って、こんなに清々しいんだなぁ………。
 深く積もった雪の上には、何筋もの足跡があった。ウサギかキツネか、真冬の山で活動するのはスキー客だけではないようだ。
 これまでで最も朝早く来たからゲレンデは物凄く空いてはいたが、すでに圧雪車の跡が一面についていた。掃き清められたお寺の境内みたいだ。
 圧雪するってことは、どうやら滑りやすくすることであるらしい。これがノーマル状態なんだろうけど、ゲレンデが一面こうなっているってのは僕等にとってはこの3日間で初めての体験である。これまでに比べて思いのほか滑るので、やや途惑ってしまった。 

 雪の感触に違和感はあったものの、この眺めの良さ!!酵素パワーのトップを100万トン使ってもこんな白い世界は作り出せまい。
 これまで何度も眺めに関してヨロコビを表しているが、時を経るごとにその感動が深まっていく。もちろん、スキーに慣れて、風景を楽しみながら滑っていられるってことも大きい。
 初日植村直巳になったオタマサも、異常に安定したミジンコ滑りでスイースイーと滑っている。かく申す貴公子は、輝く白銀のゲレンデを風のように滑降していった(本当ってば)。

 快晴の下だとゲレンデはどこまでも見渡せるから、これまでとは若干コースを変えたりして遊ぶこともできた。もう、小刻みで行く必要もないから、コースなかばの曲がり角で落ち合わせることにしたけど、オタマサもそれほど遅れることなくたどり着くようになっていた。
 その落ち合う場所で待っているとき、快晴なのにときおりヒラヒラと舞い落ちてくる雪を手に取ってみた。
 雪の結晶だ!
 それも特大!!
 8ミリくらいはあった。雪の結晶単位でヒラヒラと舞い落ちていたのだ。雪の結晶って、虫眼鏡で見るものだと思っていたのに……。北海道は、雪の結晶まででっかいどう。本旅行記のバックが雪の結晶をデザインしたものになったのは、この時の衝撃による。

 なんだかんだと3回続けてリフトに乗り、ロッジで小休止。
 いよいよゴンドラである。
 本当に行くの?と、お互いに縋るような目で問いかけはするのだが、問われると「行くでしょう?」と答え、答えつつ逆に「行くの?」と問いかけるのであった。
 ここまできて引き下がるわけにはいかないので、意を決してゴンドラの山麓駅に向かった。700円の定食が1600円になるほどの衝撃はないはずだ、と信じていた。

 ゴンドラは6人乗りで、ちょっとしたロープウェーみたいなものだった。スキー板をはずして乗るものだったので、乗り場へ行く前にスキー板をはずす。

 その乗り場にも、修学旅行生がたむろしていた。
 関西から来ている高校である。我々がここに至るまで相当の決意を要したというのに、彼等はなんと気楽でいることか。きっと、ちゃんとした初心者コースなんだろう。

 乗り場でUターンするときはかなりの低速になるゴンドラだったが、乗り場を離れると自動的にドアが締まり、まるでホワイトベースを発進するガンダムのように暗いトンネルで加速した。
 「行きまーーすッ!!」って感じ。

 白銀の山々をゴンドラはどんどん登って行く。
 眼下にリフトが見える。行き先はリフトの終点よりもさらに上だ。

 さらにゴンドラは登って行く。
 羊蹄山がその美しい姿を惜しげもなく顕わにしていた。

 ゴンドラはグングン登る。
 すると、本来人がいるはずのない復路のゴンドラに、修学旅行生たちが乗っているのが見えた。
 あれ?なんで??
 もしかして、行ってはみたものの無理だから帰りますぅ!っていう子たちなんだろうか………?
 ……てことは……?

 ついにゴンドラは到着した。
 すると、ニコニコ顔で復路に乗り込む生徒たちがたくさんいた。そうなのだ。彼女たちは、元々スキーをするために上まで来たんじゃなくて、せっかくだから雪質が違う標高1000mも楽しんでみよう、ということでスキー板も持たずにやってきただけだったのである。

 なぁ〜んだ、そういうことかぁ!
 と安心して、ゴンドラの駅からゲレンデに向かうと……

 絶句……。

 崖ではないか!!!!
 こんなとこ、本当に降りていけるのか??これが初心者コースなのか!?
 700円の定食は、1600円どころか16万円にまで値上がりしてしまった!!
 そうだよなぁ、滑れない子もいるから、スキー板を持たずに上まで来るんだよなぁ………。

 あまりの衝撃に立ち尽くしている我々をよそに、男子生徒グループがインストラクターに引率されつつユルユルと滑り降りていった……。