旅はいささかも始まらない 

 この日若旦那は仕事だったので、父ちゃんと若奥さんwith2児、そして我々で、一昨年13回忌を終えた亡き母ちゃんのお墓参りに。その後、割烹屋さんに行った。
 昨夜は急遽仕事が入ってしまって申し訳ないことをした、と父ちゃんが気遣ってくれて、お昼をご馳走してくれるのである。
 若奥さんは授乳中で飲めないので運転を任せ、我々3人は安心して生ビールを飲んだ。
 ああ……またしても昼間から………。でも、二日酔いには迎え酒が一番なのである<バカ。
 それにしても、今や割烹業界もダンピングの嵐なのか、量はたっぷり味は抜群という昼の御膳メニューの安さときたら!!これでやっていけるのだろうか。
 我々はといえば、美味さに気をよくしてあん胆だのあじの刺身だの、普段食べられないメニューに舌鼓を打ち続けていた。ジョッキを1杯半飲み、腹が120パーセント状態になるほど食べ……。お天道様にはすまないが、とってもいいコンコロもち……。
 二世帯住宅にお邪魔して、二世帯から別々に御馳走してもらうなんて……いいのかなぁ?。

 バタバタと慌しい滞在で申し訳なく思いつつも、昼過ぎうちの奥さんの実家を後にした。
 今宵は池袋で飲むことになっている。
 オイッ、また飲むんかい!!……と突っ込みたいのはあなただけではない。我ながら呆れていたのはたしかである。でも、こういう時のために普段一生懸命摂生しているのだから………あ、してないや。

 夜の飲み会の前に、我々には寄ってみたいところがあった。
 魅力のかけらも感じないと言ったものの、やはり都会には都会ならではのうらやましいほどに便利なことがある。
 さて、我々にとって何がうらやましいのかというと……。

 それは「こんぱまる」。
 いや、すまぬ。スキー旅行らしきタイトルのまま、いまだにスキー場どころか雪の気配さえないと思っていたら、いきなり鳥の話である。興味ない方はすっ飛ばしてね。
 こんぱまるとは何かというと、インコ・オウム専門店の名前だ。コンパニオン・アニマルの略が名の由来。
 元々大阪、兵庫に2店舗を構えるのみだったところが、あれよあれよというまに名古屋、そして上野に出店をはたしたのだ。やっぱり僕らの知らないところでインコ・オウムは流行しているに違いない。
 沖縄にはこのような大型のショップがないため、飼育書や図鑑などでしかオウムやインコたちの姿を見ることができない。買うわけではないけれど、ズラリと並ぶオウムたちを一目見てみたい………。
 上野に寄るということは、羽田を経由すると決まった時点で真っ先に決めていたのだった。

 西武線元加治駅からでもJRの上野まで切符は買えるものの、上野に行った後再び池袋に戻ってくる予定なので、荷物をコインロッカーに預けておくことにし、一端池袋で降りることにした。だから切符は池袋まで450円。
 土曜日なのに平日の時刻表を見てきたせいで、ちょうどいい電車が来ず、仕方がないので準急に乗った。地下鉄有楽町線につながるヤツだった。
 すっかり工事が進み、今では地下鉄有楽町線にそのまま紛れ込む線路が開通している。改札を出ることなく有楽町線に乗ることができるようになっているのは非常に便利なのであろう。が、田舎者には便利どころか不便ですらある。
 いや、もちろん、途中で乗り換えればいいってことはわかっていた。このまま乗っていれば軌道が変わって地下鉄の池袋駅に着くことも知っていた。余計に時間がかかることも知っていた。
 でも、でも………。
 さらに130円必要だなんて知らなかったんだよぉぉぉぉ!!
 必要以上に時間をかけ、余計に遠くなるホームに到着したというのになんでさらなる運賃が加算されるのだ!!こりゃまたどういうわけだ、世の中間違っと〜る〜ぞ〜…………<アホ。

 ショックに打ちのめされつつ、山手線に乗って上野まで。
 こんぱまる上野店は上野駅入谷口から徒歩3分。駅から3分だなんてなんと近い………と思いきや、入谷口は改札から遠いのなんの。都会の「駅から○○分」というのはあてにしてはいけない。
 入谷口周辺は、なぜかバイクのパーツ屋さんが密集していた。
 目指すこんぱまるはそういったバイクパーツ屋の2階にあるということなので、にぎやかなバイク屋を見てはここかな、あそこかな?とキョロキョロしていた。そしてようやく、目印のバイクパーツ屋が見えた。
 ショ、ショボイ………。
 このショボイ店の2階??
 あ、あった………。
 カーテンが閉じられた窓ガラスに、幼稚園の教室の壁にあるような手書きの大きな文字が、
 こ ん ぱ ま る
 と貼られてあるではないか。
 書体こそ幼稚園の壁っぽいんだけど、ビルの造りといい古さといい、閉ざされたカーテンといい、なんだか時代とともに火の消えた革マルの拠点って感じ。
 どう見てもアヤシイ。
 これを予備知識なしのまま一目見ただけでオウム・インコの専門店だと見抜く人なら、間違いなくニュータイプ専用のモビルスーツに乗ることができるだろう。

 知っている我々でさえ一瞬躊躇したくらいだから、知らずに訪れる人はまずあるまい。
 ………と、そこまで考えてハタと気がついた。
 ヒヤカシ半分でたくさんの人に来られては大変なのだ。
 特に、手のつけられないバカガキを、デパートの屋上にあるペットコーナー気分で連れて来られようものなら、商品である鳥さんたちに多大な害を及ぼすことは目に見えている。目的を持った人のみを受け入れるための、このアヤシイまでの看板、ってことなのではあるまいか。

 ……いや、それは考え過ぎだろうな、きっと。

 ビルの脇にある階段の上り口には、ちゃんとバス停のような可愛い看板があった。きっとみんなこれを見て安心しているに違いない。
 すると、さい前から前方10mを歩いていたカップルが、その階段を登っていった。え?僕ら以外にもこういう店に入っていく人たちがいるの??
 意外や意外、店内はにぎわっていた。
 それも、ビーズアクセサリーショップのように女性客ばかりではなく、カップルから髭ヅラのおっさんまで、客層は多種多様である。髭ヅラのおっさんが愛おしそうにインコに微笑んでいる姿を見た時はゾッとしたぞ。あ、僕も大して変わらんか………。

 店内はさほど広いわけではないけれど、グッズ類の豊富さときたらどうだ。こんなの沖縄にいたら絶対に通販でしか買えない。そしてそして、その奥にズラリと並ぶインコ・オウムたち!!

 おお!タイハクオウムだ!!

 我が家のかんぱち君以外でタイハクオウムをナマで見るのは初めてである。
 女の子だそうだ。
 タイハクオウムは、オスとメスで瞳の色が違う。オスは全体が黒っぽいけれど、メスは赤いのだそうだ。赤いといってもどれくらい赤いのか、見たことがないからわからず、かんぱち君ははたして本当にオスなのかどうか、これまでずっと気になっていた。光の加減でなんとなく赤っぽく見えるような気がしていた。

 ところが。
 メスの赤、というのは、本当に赤かった。
 白い体に赤い目なんて、あんたはウサギか!というくらいに赤いのだ。
 この、初めて見たメスのおかげで、かんぱち君がオスであることを確信した。

 これら店内の鳥さんたちは、気軽に籠の外に出してもらえるので、お願いすれば遊ぶこともできる。ただし、その前に備え付けの消毒液で手を洗わねばならない。こういうことを考えると、やはり闇雲に客を迎え入れるわけにはいかないのかもしれない。

 それにしてもいるわいるわ、大はルリコンゴウインコから小はオカメインコやコザクラインコまで、見ているだけで楽しくなる。
 店員さんたちは親切で、ちょっと気軽に質問しただけなのに、自分ではわかりかねるので店長が戻り次第お電話いたします、と電話番号まできいてくれた。沖縄にいるのでちょくちょく来れない旨告げると、さらに親切になってくれて、帰り際なんか出口まで見送ってくれた。なんだかまるでスナックから帰るときみたいだったけど、田舎者としてはうれしい対応だ。黒砂糖持ってくればよかった……。
 そして、我々が水納島に戻ってから、本当に電話で返事をしてくれた。
 みなさん、革マルのアジトモドキは世を忍ぶ仮の姿でした。首都圏でオウム・インコを買うなら上野のこんぱまるです。

 思いもかけず充実した時間を過ごしてしまった。
 さて、そろそろ次の目的地池袋へ行かねば………
 アッ!!
 もうこんな時間じゃないか!
 明確に時刻を決めて待ち合わせをしていたわけではなかったものの、遅くともこの時間までには行っておいたほうがいい、という時刻をすっかりオーバーしていた………。