1・プロローグ・プチトマトに消えた夢

 2007年のシーズンもおかげさまで無事終了し、クロワッサンは平安なるオフを迎えた。

 クロワッサンのオフといえば旅行である。

 と思われても仕方がないほどに、国内外を問わず、毎年オフになるとどこかへ旅行していた我々夫婦なので、秋も深まる頃に訪れるゲストにはたいていこう訊かれる。

 「今年はどこに行くの?」

 そりゃあ、東西南北気分次第でどこへでも行ける身分であればいいけれど、クールな顔を装いつつも(?)内実は火の車のクロワッサン。心頭滅却して火もまた涼しくなればなるほど、懐はよりいっそう涼しくなっているのだ。今年はあちら、来年はこちら、という具合にあっちゃこっちゃ行けるわけがない。

 しかし今オフはまたとないチャンスでもあった。
 ドレヤン(
という言葉は、当サイト読者であれば誰でも知っている僕の造語だけれども一応説明すると、夏場の臨時スタッフ=ドレイ、のヤング、つまりドレイヤングの略称)アカザキが、ワーキングホリデーでなんと3月までニュージーランドに滞在しているのである!!

 ニュージーランドにはとびきりの海があるとか、ラム肉に目がないとか、触ってご覧ウールだよとか、そんな特別な理由はないけれど、友人が現地にいるということほど楽しい旅行はない。
 それに、このところやけにトレッキングづいているうちの奥さんにとって、クロワッサンのオフシーズン=日本の冬に夏の山登りができる国といえば、南半球をおいてほかにはない。

 それやこれやで、今年の旅行はニュージーランドだ!!

 ……と、僕はひそかに盛り上がっていた。

 が。
 火の車という現実はそれを許さなかった。
 原油価格の高騰、小麦価格の急騰、そしてサブプライムローン問題による株価急落…………………なんてことはま〜ったくな〜んの関係もないのはもちろんながら、労働環境の改善を果たした結果、当然のようにそうなってしまったのだ。
 そりゃあ楽して儲けようなんて、サラリーマン植木等にしかできない相談だった。

 ともかく先立つものがない。
 仕方がないので国内に目を転じ、さあてどこに行こうか、温泉かなぁ、美味いものかなぁ、とあれこれ考えようとしていたところ、本来旅費であるはずの予算は、ドロンと音を立て、煙とともにこれに変身してしまった。

 
クロワッサンプチトマト号!!

 これまで長い間ずっと我々の足となって沖縄本島を駆け巡ったカローラスーパーリムジン号は12月で車検が切れた。別れもお金も惜しいものの、彼にはそろそろ引退してもらわねばならなかった。

 そんなわけで、旅費はプチトマト号に。

 ならば、と目的地設定距離をグーンと小さくして県内に絞り、知人が豪邸を建てて引っ越した石垣島に、引っ越し祝いで乱入しよう!!

 ……………と盛り上がりかけたのだが。

 我々が島内で乗っているクロワッサンマッハ軽トラ号のラジエーターに、収拾のつかない大穴が開いてしまった。ラジエーターは機能しなくとも桟橋や畑までの行き帰りならばなんとかなるとはいえ、シーズンに入ってゲストの送迎やら器材の運搬やらなにやらで、使用頻度が増してしまえばそうも言っていられなくなる。

 というわけで、ひそかな目論見であった八重山遠征予算は、来シーズン以降クロワッサンを支える軽トラに変身せねばならなくなってしまった。

 ……うーむ。

 こうして八方塞りとなってしまった我々には、ついに単なる「帰省」という名の旅行だけが残された道となったのだった。

 でもモノは考えようである。
 前回帰省時はうちの奥さんの実家埼玉だったので、今回は僕の実家がある大阪だ。
 帰省といえば故郷に帰ることで、故郷といえば世の中のどの土地よりも詳しく見知っているものであるべきもののはずなのだが、18歳までしかその故郷に住んでいなかった僕にとっては、いまだに普通に「観光」できる土地である。
 逆に言えば、最近富みに増している感がある大阪の観光情報のどれひとつとして、人に詳しく語れるものがない。

 かくなるうえは、現在も引き続き進行中である「日本全国サザエさんオープニング制覇計画」にのっとり、大阪といえばここ!!という場所に行ってみることにしよう。
 それはどこか。

 大阪城??…………いえいえ。
 道頓堀??…………まさかまさか。
 USJ??…………どうしてどうして。

 それは………………

 通天閣!!

 どうです、まさに気球に乗ったサザエさんが横切っていきそうな大阪の象徴。
 恥ずかしながら、大阪生まれの大阪育ちの僕(ホントは京都生まれらしいけど)は、齢四十にしていまだに通天閣に登ったことがない。
 当然ながらビリケンさんなど見たこともなく、その名を知ったのもごくごく最近だ。

 子供の頃はちょくちょく天王寺動物園に行っていたから、ひょっとして記憶にないだけで本当は通天閣に登ったことがあるのだろうか?と親に尋ねてみたところ、

 「ない」

 断言されてしまった。
 なんということだ。
 たこ焼きの味をどれほど語れようとも(語れないけど)、通天閣に登らずにけっこうと言うなかれ。あ……それは日光か。ともかく、今後も大阪出身として生きる以上は通天閣に登らねば!!

 そしてそのふもとに広がるのが………

 新世界だ。

 新世界なんて、一昔前はそれこそその名がブラックジョークであるかのごとく、時代から取り残されたただの場末の街ってイメージで、その隣近所の西成区では、なんと国家権力である警察署に対して暴動を起こすほどの炎の労働者たちの街だったような気がするのだけれど、いつの間にか大阪観光といえばこの新世界ははずせない界隈になっている。

 その新世界で………

 どて焼きを食べたいッ!!

 どうです。
 見たいものがある。食べたいものがある。
 もはや旅行のモチベーションとしてまったく不足はない。
 おまけに実家に行くわけだから滞在費がほぼプライスゼロとなれば、火の車のクロワッサンには鬼に金棒ならぬ火事場の消火器だ。

 こうしてただの帰省は、アラスカ行やアフリカ行と肩を並べても差し支えないほどの旅行になったのだった。

 題して「新世界紀行」。
 題名を見て、往年のTBSの名番組を想起された方は、即座にそのイメージを払拭していただかねばなるまい。
 また、新世界紀行といいつつも八割方は全然関係ない場所の話なので、大阪観光を計画されている方の参考にもなるはずはない。

 まぁ、つまりはいつものログの延長のようなものなので、以降、お気軽にお付き合いくださいませ…………。