5・スキップスキップらんらんらん

 我が家の煎餅布団がただの板切れかとさえ思えるほどの寝心地のよいベッドに横たわり、たちどころに爆睡に突入………

 ………したかと思ったら、すぐに朝になってしまった。
 空港には10時ごろに到着しておかなければならなかったので、9時半には出なければならない。飲んでいるときは天国のように心地いいのに、目覚めなければならない朝ほど前夜を呪う時はない……。

 以前は、旅行といえばいつも琉球大学にあるクロワッサン専用駐車場に車を停め、北口を出たところでいつも我々を待っているタクシーに乗って空港まで行っていたのだけれど(一部脚色あり)、このごろは空港付近の民間駐車場が随分安くなっている。今回は3日預けの7日受け取りでしめて4000円。空港から琉大までタクシーで往復よりも圧倒的に安く、おまけに空港で受け渡しできるから、わざわざ琉大に車を停めておく必要がない。

 そんなわけで、プチトマト号を空港ターミナル出発フロア入り口の乗降ゾーンで駐車場スタッフに預け、意気揚々と空港内に。
 久しぶりだ。
 空港って、たとえどこかに行くわけじゃなくとも、なんだかそこにいるだけでウキウキした旅行気分になってくる空間だ。帰省とはいえとりあえずオキナワを離れるともなれば、気分はいやでも高揚する。
 まだ搭乗開始まで1時間以上あった。
 いつもだったら高揚ついでに迷わずキリンビールのビアレストランに行くところである。
 …が、思いっきり酒が残っている体にとっては、今アルコールを摂取すると、迎え酒どころかカウンターパンチなみの衝撃になる。今後に備え、泣く泣く自重した。うーん、僕たちも大人になったものだ。

 ところで、今回の航空券手配に際しては旅割をANAのサイトで予約・購入したのだけれど、なにやら昨年秋ごろからシステムが急速に未来化され、なんでも「スキップサービス」なるものが用意されていた。

 なにスキップサービスって??

 スチュワーデスさんが機内販売などの際に、スキップしながらルンルン♪と通路を歩いてくれるとでもいうのだろうか?(うれしくないけど)

 当たり前だが全然違った。
 飛行機へ搭乗するまでの手続きが、飛躍的にスピーディになって便利になるのだそうだ。
 あのぉ、これまで一度も不便を感じたことはなかったんですけど……。

 そんな未来化システムのチケットとなれば、またぞろ近未来的装置内臓の高級カードにでもなるのだろうかと思いきや、この未来化により僕が手にしたのは、自分でプリンターから印刷した単なる紙切れだけなのだった。

 そこにある2次元バーコードが、チケットの代わりになるのだという。
 このただの四角い迷路のようなものがチケットなの???? 

 にわかには信じがたい話ではないか。
 ひょっとして、実はよく見るとANAではなくANNAというサイトで、僕は思いっきりフィッシング詐欺に遭ってしまったのだろうか。ああ、なんてことだ、なけなしの二人分の往復代4万円をどうしてくれる!!

 …と一瞬うろたえかけたが、どうやら本当にこれがチケット代わりになるらしい。
 携帯電話でこの2次元バーコードを撮影し、液晶画面でその画像を提示してもOKという。IKOCAやSUICAのようなものになるわけである。
 でもなぁ、その代用として自分のプリンターでプリントした紙切れでいいだなんて……。

 便利なようで、冷静に考えるとオソロシイ。

 さてさて、その便利でオソロシイスキップサービス、こんな迷路のような絵で飛行機に乗ることができるというからには、どこか特殊なところを通過しなければならないに違いない。
 どれどれ。説明を読むと、この用紙を持って「保安検査場」に行かねばならないという。

 保安検査場??
 保安検査場ってなに????

 ひょっとして、持ち物検査で引っかかりながらも駄々をこねた人が、まるで突然ガバチョ!!のテレビにらめっこに出てきた退場マンのような(……誰も知らない?)、強面のでっかいオッサンに強制的に連れて行かれるような奥の奥部屋のこと??
 そんなの、どこにあるんだ??

 といういささかの不安を抱きつつ空港に来た我々だったのだが。
 なんのことはない、いつも通っている手荷物検査のゲートのことを「保安検査場」って言うんじゃないか。
 これまでそんな名を呼んだことも聞いたこともなかったぞ。普通に入場ゲートとかなんとか、わかりやすい名前で書いてくれよ……。

 まだ半信半疑だった紙切れチケットを手にその保安検査場に着いたものの、さて、これをどうしたらいいのかわからない。
 ああ、なんてことだ、以前まではこういう場所でこういうふうにうろたえている農協団体のおじいおばあを笑っていたというのに、ついに自分がそういう目に………。

 保安検査場にもちゃんと2次元バーコードを読み取る機械があって、そこに紙切れにあるバーコード部分をかざせばオーケーだった。
 一応このあたり、まだスキップサービスを利用されたことがない方々のために書いているので、是非参考にしてください…。

 それにしてもこの紙切れチケット、往復で予約すると帰りまでずっと持っていなければならないというのは、いささか不便である。道中なんらかの事情で濡れてしまったりしたら、画像がにじんでしまってバーコードの役割を果たさなくなるではないか。
 なんか、便利なようで不便という、最近の世の中のハイテクを代表するシステムのような気がする……。

 ともかくそうやって一抹の不安も消えうせ、搭乗口付近のベンチに腰掛けて本を読んでいたものの、いささか飽きたのでうろちょろしてみると、売店でなかなかに魅惑的な空弁を発見した。

 ぐるくん寿司!!

 今までありそうでなかった商品ではないか。
 居酒屋などでは、このグルクンの身をほぐしたものをおにぎりにまぶして食べる定番メニューもあるようだけど、こうまでよそ行きの姿になって、しかもお寿司になったものは見たことがない。
 たしか先ほどまでは二日酔いが厳しくて食べ物のことなど考えられなかったのに、気がつけばいつの間にかこのぐるくん寿司を買ってしまっていた。<さっきの自重はなんだったのだ?<はい、自嘲してます…。

 飛行機が離陸し、安定飛行に入ったのを見計らい、さっそく開封。

 

 わぉ!!
 イメージどおりの素敵なお寿司。揚げたグルクンの身をほぐして酢飯の上に美しく重ね、それをまた薄焼き卵でくるむという芸の細かさ!!
 さすが、正式名称が「板さんの作った ぐるくん寿司」というだけある。
 板さんもグルクンも、なかなかやるじゃないか。
 目のつけどころが、78時間に1度の割合くらいでシャープになるうちの奥さんは、添えつけの漬物がゴーヤーの甘酢漬けであることに気づき、いたく感心していた。それもまた美味い。
 ああ、二日酔いでさえなければビールも買っておいたのになぁ………。

 次回から機内食の定番にしようっと!

 飛行機は飛んでいく。
 ボーイング777−200は、ジャンボにくらべてエンジン音がとっても小さいので、耳栓をしなくてもうるさくない。おまけに今月の機内放送は、阿久悠名曲全集のラインナップ。僕はジュリーになったりピンクレディになったりしつつ、夢と現の間を行きつ戻りつしていた。

 空が青い。
 このところずーっと曇天続きの沖縄だったので、上空の雲の上は、青空ってこんなに青かったのか!ってくらいに青く、こんなに輝いていたのか太陽は!ってくらいにまぶしい世界だった。
 そんな空の旅も、偏西風に乗ればあっという間に終了だ。

 関西国際空港に到着した。

 実家が高槻にある僕にとって、この関空なんてものは、利用者の利便性を考えて造られたという渡久地港のポンツーンなみにまったく不便このうえない空港だ。地図をちゃんと見たら愕然としてしまうほどに、実家からの距離が伊丹空港にくらべて圧倒的に遠いのである。
 そのため、これまで実家へ行くために利用したことはなく、たまたま関空発着のエミレーツ航空を利用した際に訪れたことがあるだけだ。

 そんな不便な関空を今回なぜ利用しているのかというと、先にも触れたとおり関空〜那覇のチケットが最も安かったからである。伊丹〜那覇だと最低でも14000円かかるところが、関空発着だと、最も安い便はなんとたったの1万円!!ジャパネットたかたも真っ青のご奉仕価格ではないか。

 もちろん、空港実家間の往復費用の差額や、その便に乗るために往復とも一泊ずつ余計にかかるということを含めれば最終的には高くつきはするものの、飛行機代が1万円というのが心地いい。余った予算で有意義に遊べるというものだ。

 というわけで関空にいる。
 僕たちは、ここである方と待ち合わせをしていた。
 その方は、僕たちが今回関空を利用するということを知るやいなや、この日のご自身の予定を素早くチェック、そしてすぐさま、空港から実家まで送ってくださる旨を伝えてくれたのだった。

 電車にも何も乗らず、人ごみにまぎれることなくに家まで行けるなんて、これほどありがたいことはない。
 が。
 まさかこのあと、通常の3倍の速さで走る乗り物に乗る羽目になろうとは………。

 認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを…………。