7・かすうどん

 今オフのお出かけが、ついに大阪への帰省のみになることが決まった瞬間から、大阪でいかに楽しく過ごすべきかという検討を始めた僕だった。

 そんなおりたまたま手にしたのが、3年前の旅雑誌である。
 なんで3年前の旅雑誌をたまたま手にできるのかというと、毎朝の哲学のひとときを過ごせる個室(つまりトイレのことね)に、個室用読本が置かれたままになっているからだ。

 今やすっかり女性向けのミーハー誌になってしまった「旅」という雑誌は、その昔は松本清張が名著「点と線」を連載していたこともある実に硬派な旅行雑誌で、版元が交通公社から新潮社に移って以降、ビジュアル重視の体裁に変わった。
 それを3年前は購読していたのである。

 旅行といえば今の世の中グルメネタと切っても切り離せない関係だから、その雑誌にもその手の連載がいくつかあった。TVタックルでもおなじみのコラムニスト勝谷誠彦が、地麺’Sウォーカーという、日本全国津々浦々のその地ならではの麺類を探訪する連載を書いていて、そこで実に魅惑的な大阪ならではの麺紹介されていた。

 それが「かすうどん」だ。

 大阪出身ではあるけれど、かすうどんなんて、僕は聞いたことすらなかった。
 大阪出身のタカコさんに聞いても、うちの両親に聞いても、知らないという。
 大阪の人間が知らない大阪名物とはいかなるものか。これを食べずに死ぬわけにはいかない。

 というわけで!!
 三菱のハイテクマシンに乗って我々が目指したのは、かすうどん!!
 それも、ちゃんと勝谷誠彦の連載で彼が実際に立ち寄ったお店、藤井寺の加寿屋だ。

 どうです、赤い彗星にぴったりの場所でしょ??<どこが!?

 前述の旅行雑誌を見て、食べたいものの筆頭に選んだのがこのかすうどんなのである。
 問題は、その店に行く手段だった。
 もちろん大阪を代表する食べ物なのだから、たとえば新世界にもひとつやふたつではすまないほどにそういう店があることだろう。
 でも、一応旅行雑誌を参考にするイナカモノとしては、そこに載っている店に行ってみたい。とはいえ勝谷誠彦が紹介していたこの加寿屋本店は、藤井寺市にある。
 藤井寺市なんて、僕の人生で立ち寄ったことなど一度もない市ではないか。
 電車以外に交通手段がない場合、どうやって行けばいいのだ??

 と、途方にくれていたときに、降って湧いた赤い彗星。
 この機を逃す手はない!!

 そんなこととはつゆ知らず、メールのやり取りをしていた際に、どこか行きたいところはありまへんか?と訊ねてくださった芳澤@茨木さんは運の尽き。大阪のオッサン歴50年の彼が、大阪を代表するかすうどんを知らないはずはない。以前の職場の食堂では普通にメニューにあったほどだそうで、それこそアホほど食べたことがある食べ物なのだ。

 だから、僕たちが大阪で食べてみたいものがかすうどんだと聞いた彼が、

 はぁ???

 そうおっしゃるのも無理はなかった。
 しかし!!
 ランエボの女豹・K子さんも大阪府民歴半世紀のツワモノだというのに、彼女も我々同様、かすうどんを食べたことはおろか、その存在すらご存知ではなかったのだ。

 そうか!!

 かすうどんって、つまりは河内の国の食べ物なのである。
 京文化が少なからず入っている雅な国(?)摂津の民には、これまでずっと縁遠かったに違いない。
 僕が知らないのも無理はないのだ。

 そんな藤井寺のかすうどん屋さんへの道のりなど我々が詳しく知っていようはずはないので、このお店のサイトから超簡単な地図をプリントアウトして持ってきていたのだが、時代はそんなアナログ作業などをまったく必要とはしていなかった。
 カーナビだ。
 住所もしくは店名を入力するだけで、右です左です、そこを左折すると見えてきます、もうすぐです、なんてことを機械が教えてくれるのである。

 そうしてカーナビの指示に従いながら車が進んでいくと…………
 そのかすうどん屋さんがついに!
 ついに目の前に。
 どんなに大きな店なのだろうかと思いきや、広い駐車場の角のほうにチョコンと立つプレハブ店舗。日曜午後2時過ぎの店内に、はたして客は我々のほかにいるのだろうか??

 満員だった。
 大人気ではないか。
 外見からは想像もつかないほど席数は多く、スペースを無駄なく使っているあたりはさすが大阪って感じ。でも店内は一見沖縄そば屋ふうで、昼メニューにはどれもおにぎり2個ずつおまけでついているというあたりも素朴なそば屋ふうである。

 そこで、僕たちはついにかすうどんを頼んだ。
 僕たち夫婦とK子さんは初めての、そして芳澤@茨木さんもかれこれ十数年ぶりの、かすうどんがついに目の前に!!

 さあみなさん、これがかすうどんだ!!

 かすうどんを知らない方がその名を聞いて想像するのは、天かすが乗ったうどんではなかろうか。
 けれど、大阪でいう「かす」とはもちろん天かすのことではない。
 かすとは、ホルモンの部分なのだ。
 つまり牛の小腸。
 それを炒り、染み出た小腸の脂でからっと揚げたものがこの「かす」なのである。
 ホルモンとはもともと牛の小腸という部位が「放るもん」、つまり捨ててしまうくらいに価値のない部分という意味からきているというのは有名な話だけれど、そういう意味ではかすうどんはホルモンうどんというほどの意味でしかないわけである。
 ホルモンにしてもかすにしても、なにも、そんな自虐的な名前にしなくても………。
 しかし、そこにこそ大阪人の心意気が詰まっているのだ。だからこそ、

 あえて言おう!!「かす」であると!!

 ここまでの流れで、このセリフが必ず出てくると思ったあなたはニュータイプ(笑)。

 我々がいるこの加寿屋さんは、このかすをいろんな店に卸している大手業者グローバルキッチンという店の直営店なので、一杯のかすうどんに使用しているかすの量が圧倒的に多いという。
 そんなかすうどんのお味はというと……………

 まいうーッ!!

 ありとあらゆる出汁が染み出たスープはもちろんのこと、かす自体のえもいわれぬ妙味!!そして食感!!さらに、品よく乗っかっているおぼろ昆布とうどんが絡み合い、口の中ではそれぞれの味がサイコフレームとなって、ニュータイプの共振を始める………。

 これは…………美味しい。

 このお店が昨年までは夜だけオープンしている店だったというのもうなづける。一杯飲んだあとの締めとして、これ以上のモノが他にあろうか。
 酒飲みの代表うちの奥さんにとっても超ツボだったようで、このあともう一回どこかで食べたいッ!!と騒いでいたくらいだ。

 こんなに堪能できて、一杯たったの500円。
 沖縄ではなく、大阪でっせ、大阪。
 500円で美味しいうどんが食べられる世界が、まだ大阪にも残っていたんだ……。

 我々同様初体験だったK子さんもいたくお気に入りの様子で、ただ一人かすうどんの1から100までご存知の芳澤@茨木さんも、久しぶりのかすうどんに満足されていたようだった。

 今回の大阪行にあたり、かすうどんを食べよう!という大きな目的は、こうして無事にはたすことができた。
 それもこれも、芳澤@茨木さんご夫妻ならびに赤い彗星号のおかげである。

 これでさあうちの実家まで……というのではあまりにも名残惜しいので、次こそ赤い彗星にふさわしい場所に行ってみることにした。道などまったくわからないけれど、そこはハイテクカーナビのこと、店名を入力するだけでいともたやすく目的地へのルートが判明した。

 さあ、赤い彗星にふさわしい場所とは??

 

 

 

 

 こんぱまる大阪店!!

 ああ、しまった!!
 色とりどりのオウム・インコのイラストが描かれた店舗前に停まっているエボ]の写真を撮るのを忘れた!!

 超シュールだったのになぁ……。
 僕たち夫婦にはもうすっかりおなじみのこのこんぱまるも、芳澤@茨木さんご夫妻にとってはそれこそ初体験のワンダーランドである。島にお越しの際、うちにいるかんぱち君やテンちゃんたちでさえ異世界のクリーチャーだというのに、このお店の鳥さんルームに入ろうものなら………

 驚いたことに、この日のこんぱまるには、僕らですら驚くとんでもないクリーチャーが紛れ込んでいた。

 大阪のオバハンである。

 いや、ステレオタイプで言われるような大阪のオバハンとは少し違うか…。
 なにやらやたらとケージの中の鳥さんたちに話しかけている女性なのだが、その声も容姿も往年のオオヤマサコのようで、おまけにそのオバハンから漂ってくる香水らしき匂いが、この世のものとは思えないくらいの強烈さ。

 どうやらここにいるベニコンゴウインコをお買い上げらしく、しばらくは店にお預かり状態であるようだ。
 こんなオバハンに飼われるインコっていったい………。

 K子さんはうちの奥さんと一緒にさまざまな鳥さんたちを興味深そうにご覧になっていたのだけれど、芳澤@茨木さんにとっては、このオバハンが最も印象に残った生物だったようだ。
 たしかにかなり「逝って」そうな人ではあったけど……

 程度の差こそあれ、ペットに接する姿ってのはこんなものなんだよなぁ、普通。
 それを人前で恥ずかしげもなく見せるかどうか、という配慮の問題なだけであろう。

 芳澤@茨木さんだって、ひょっとするとご自宅ではネコちゃんたち相手に究極のネコ親父化されているかもしれないし………(笑)。

 というわけで、我々のワガママに100パーセント付き合ってくださったご夫妻は、最後はとうとううちの実家まで送ってくださった。

 ……のだが。
 3年前の秋に三十数年ぶりに引越した実家へ我々が初めて訪れたのは2年前のこと。それ以来2年ぶり2度目の「帰省」になる僕たちには、ツインで建っているマンション棟のどっち側だったかの記憶がなかった。

 送ってくださっているとういうのに、その最終目的地がわからない。住所もくわしくは覚えていないから(部屋番号すら!!)、さすがのハイテクカーナビもお手上げだ。

 なんてことだ、かすうどん屋には行けても実家にはたどり着けないなんて……。

 そんな次第なので、やむなく中途半端な場所に車を停めてもらい、あとは目と鼻の先であることは間違いない実家に電話でもして確かめてみることにした。ここまでくれば、さすがにあとはなんとでもなるだろう。
 芳澤@茨木さんのご自宅はお隣の市で、ここから車で15分ほどだという。
 どうも今日は一日ありがとうございました。
 お言葉に超甘えてワガママ放題させていただいたおかげで、かすうどんも食べることができたし……。

 ここまでしていただいて、御礼のひとつもできず申し訳ない………

 すると、芳澤@茨木さんが我が意を得たりとばかりにマジックを差し出した。

 「今日のギャラ代わりに、記念にサインをお願いします!!」

 へ?
 サインって、どこに??

 「もちろん、エボ]に決まってますがな!!ここにお願いします!!」

 と彼が指し示したのは、あろうことか、真新しい車の、ピカピカのサンバイザー。

 こ……こんなところにサインなんかしていいんですか??

 「これで世界に1台だけのエボになります!」

 もともと変わっている人とは思っていたけれど……………。

 かくなるうえは、ドドンとサインを書いてしまおう!!
 そうして二人で書いたのが……僕の場合は「描いた」が正しいのだけれど……これだ!!

 
撮影:芳澤@茨木さん

 どうです、赤い彗星にふさわしいでしょ??
 でも………。

 「なんでダイビングサービスのオーナーのサインがザクやねん!!」

 車のオーナーにもっともな突っ込みを入れられたのはいうまでもない………。
 が、やはり最後はこのセリフ。

 私の手向けだ。このサインと仲良く暮らすがいい

 とにもかくにも、お忙しい日々のつかの間の休日にもかかわらず、芳澤@茨木さん、K子さん、ありがとうございました!! 
 あ……ちなみに実家は、北側の棟でした(笑)。