1月20日〜21日

25・酒造場めぐり

 世は未曾有の焼酎ブームである。
 沖縄で過ごした学生時代にお酒の味を覚えた僕は、卒業後都内で働いていたときに居酒屋で飲む酒といえば焼酎しかなかった。泡盛なんてあるはずがない。
 あの当時、居酒屋で焼酎といえば「二階堂」か「吉四六」、ちょっと洒落て「いいちこ」ってところが関の山だった。しかもお湯割というと頼みもしないのに梅干が入っていることだってあった。
 それでも僕は、断固焼酎党として奮闘していたのだ。
 あれから幾年月…。
 どんな小さな居酒屋でさえ、メニューにずらりと並ぶ焼酎の銘柄、そしてボトルの数々。本来であれば、焼酎党としてはうれしい悲鳴をあげたいところである。
 が、あえて僕は世の中にいいたい。
 何か間違っているぞ!!
 本来庶民の酒であったはずの焼酎に何万円もの値がついたりする。さして味の違いなどわからないくせに飲んだ銘柄を競い合う。消費者がバカな分、ついに原料を作る農家も酒造所もとち狂ってしまった。

 これはなんとかしなければ…。
 この未曾有の焼酎ブームのなかで、ハッキリと宣言しなければならない。

 日本人の魂の酒は日本酒である!!

 今こそ焼酎ブームの世の中に敢然と立ち向かおう。
 高山には、さほど大きくはない町に酒造場がなんと8軒もあるという。しかも幸いなことに、すべて歩き回れる範囲に集中している。
 おまけに!
 ちょうど新酒が出るこの季節、8軒の酒造場が週代わりで酒造場の見学ツアーをやっているという。
 これは行かねば!!<なんだよ、結局ただ酒飲みたさに、かよ…<ハイ!!
 これまでなんだかんだと飛騨高山について述べてきたけれど、そういう次第で我々の目的の最たるものの一つがこの酒造場巡りなのだった。

 まず最初に入ってみたのは原田酒造場。
 上三之町にある。
 通りを挟んで正面に船坂酒造店がある。お向かい同士だからか、店の賑わいを競い合うかのように景気よく商品が陳列されている。
 どちらもこの古い町並みに溶け込んだ、築170年以上の古い町家だ。軒先にぶら下がる酒林も風情がある。
 この酒林、今回の旅行に際し初めて知ったのだけれど、新酒ができたということを示すものなのだそうだ。杉で作っているから杉玉とも呼ばれ、本当は緑の葉っぱで毎回作る。これはおそらく全国でも同様なのだろう(先日の池袋の居酒屋にもあった)。


左:原田酒造場  右:船坂酒蔵店

 さっそく原田酒造場に入ってみた。
 重要文化財であるとウソをいわれてもすぐに納得してしまいそうな屋内だ。縦横に梁と柱が張り巡らされた天井がとにかく高い。
 広々としたスペースが販売コーナーになっていて、各銘柄が売られている。高山市内の飲み屋には必ず置いてあるというほどに有名な「山車」はこの酒蔵場の酒だ。
 うれしいことに小さなカップ一杯150円で小売もしてくれていた。
 良識あるカップルは、二人で一杯にする。
 現に、我々より先に来ていたカップルも、あとで見えたご夫婦も、二人で仲良く一杯ずつだった。
 が。
 バカな我々がそうするはずはなく、一杯ずつ買い求めた。 
 小さなカップに樽からひしゃくで注いでくれる。シルクのような滑らかな液体がサラサラ…と。
 美味そう………。
 カップを受け取り、休憩室として設けられたスペースで囲炉裏にあたりながらキュッと一杯……。

 
左:原田酒造場(20日)               右:船坂酒造店(21日)
なんかこの人、飲んでばっかり……。

 う〜ん、美味しい。
 お猪口販売しているのは、しぼりたて原酒とかなま酒とかいうものだった。つまりできたてのホヤホヤで火入れをしていない酒である。美味いのである。
 やけに香り高いなぁと思ったら、ナデシコなどの花からとった酵母を使って醗酵させているのだそうだ。
 この花酵母、いまや全国30社以上の酒造場で使われているという。もともとは東京農大のある研究室で、花から香り豊かな酵母の菌株を分離することに成功したことに端を発している。

 それを知った鳥取県のさる酒造場が、いろんな花から次々に酵母を分離し、製品化に成功した

 という話を何かで読んだことがある。おそらくこの原酒の花酵母もその恩恵にあずかっているのだろう。
 いずれにしても、焼酎ブームのあおりを食らって衰退著しい日本酒業界にあって、まだまだ創意工夫を凝らして懸命に新商品を開発している人たちに、僕は素直に敬意を表したい。焼酎を造り始めた日本酒酒造場には閉口するけどなぁ……。

 ついつい長居しながらこの休憩所でしばらく飲んでいると、あとから素敵な熟年のご夫婦がいらっしゃり、自然にゆんたくする形となった。休憩所といいつつ居酒屋状態である。
 名古屋近隣からお越しのこのMご夫妻は、気が向くとこうして高山にいらっしゃるという。今日は雪を見に来られたのだそうだ。今激しく降っていますけど、お帰り大丈夫なんでしょうか……?
 毎度毎度のことながら、必然的に我々のことも話すことになる。
 沖縄にも二度ほどお越しだそうで、今度は離島に行ってみたいということだった。そのご希望にそう島かどうかはともかく、一応水納島を紹介がてらパンフレットをお渡ししておいた。
 このオフシーズン、最初で最後の営業活動??

 すっかり長居してしまった。
 どうもどうもとMご夫妻とお別れし、ちょこっと店内を物色していると、ご夫妻はソソと店を出、お向かいの船坂酒造店にお入りになった。
 うーむ……。
 さんざんお話して話にちゃんと締めがあって、それでは…とお別れしたのにすぐまた会うというのもなんだか申し訳ない。
 というわけで、我々は別の酒造場に行くことにした。
 酒造場は、渡り歩けばそれぞれの間の距離は大したことがないのですぐに到着する。しかし我々には一つ大きな誤算があった。
 僕たちは、この原田酒造場のように他のすべての酒造場で味見用としてお猪口程度の小売販売をしてくれているものと思っていたのだが、他の店では、老田酒造店で試飲をさせてくれたくらいで、製品の小売以外はやっていなかった。原田酒造場と船坂酒造店は、お向かいだからこそサービスを競い合うという意味で小さなカップもしくは枡で小売をしていたのだろう。
 試飲といっても、買う気もないのにグビグビ飲むのもつらいから(飲んだけど)、どうせだったらお猪口程度の小売をしてくれればうれしいんだけどなぁ……。
 こうして、各酒造場を巡って全店で飲むという夢は潰えた。
 せっかくなので、味できなかった酒造場をここに。

 今週酒造場見学ツアーを受け持っているのは平田酒造場だった。
 雪降る中、テクテクテクと行ってみた。

 
平田酒造場

 江戸期から酒造場だった店がある一方で、江戸時代中ごろから鬢付け油などのメーカーとして頑張っていた平田家は、明治になって酒造場を創業、今日に至っている。
 地元の酒米「ひだほまれ」と宮川の伏流水を使い、手作りにこだわって仕込んだ「飛騨の華」と長期熟成古酒「酔翁」で知られる……
 とガイドブックに書かれてある。
 さっそく店内に……。

 平日ということもあって、店内は空いていた。
 我々を含めて数人を受け持った女性が、酒蔵を案内してくれた。高山には酒造場の組合があって、そこから選び抜かれた名ガイドたちのうちの一人なのだろう。
 酒造場の中を見るのは初めてだし、醸造学のウンチクがあるわけでもない僕たちが文化的比較考察ができるはずはなく、フムフムフムフムと聞いているしかなかった。
 この酒蔵を開放して客に見学させる、というのは全国でここ飛騨高山が最初であったという。
 もともと酒蔵といえば神の領域である。
 大相撲の土俵と同じく神聖な場所なのだ。
 太古の昔に女系社会から男系社会へと転じた日本では、神聖な場所への女性の立ち入りは禁じられていた。そこへ初の見学ツアー。
 つまり高山の酒造場は、全国で初めて女性が立ち入った酒蔵なのである。

 という話のほか、もちろん酒の造り方もくわしく教えてくれる。
 一口で言うなら、日本酒の地位を貶めてしまう原因といってもいい菊正宗や黄桜や月桂冠といった大企業の工業規格品のお酒とは違うということになる。
 「大関とは違うってことですね」
 そうふると、
 「はい、横綱です!」
 名ガイドだ。

 見学が終わると、販売コーナーで試飲させてもらえる。
 これまたできたての樽からひしゃくでお猪口にタラララーっと美味しそうに注いでくれる。
 うーん、美味い。
 すまない、美味いしかボキャブラリーがないのだ。
 やっぱり日本酒は美味しいなぁ……。

 傍らにあるストーブの上で、男性が何かを焼いていた。おつまみのようだ。

 一つ食べてみると……
 美味しい!!
 これは酒粕なのだった。
 小さく切った酒粕をストーブで焼き、温めた醤油につけて食べるこの酒粕の美味しいこと!!
 酒にあうのだ、これが。
 この酒粕、1キロのパックがたったの300円だった。これは買うしかない。
 見学ツアーもさせてもらったし、お土産のお酒もここで買うことにしよう。
 明日必ず来ますから…。

 いやはや、いいコンコロもちだ…。
 酒、ビール、酒、酒といいテンポで続いたせいか、それほど量を飲んだわけではないのにいい気分である。
 そんな気分のまま日下部邸に行き、通りをもう少し我らが宿岩田館の方向、すなわち北に進んでいくと参道に出た。
 高山市街北部側の鎮守を担当しておられる桜山八幡宮である。

 秋の高山祭りのメイン舞台になるところだそうだ。
 この参道に、匠の技の結集ともいわれる華麗な屋台(山車)が並べばさぞかし壮観だろうなぁ。

 神社の境内が心地よさそうだったので入ってみた。
 雪はさらにその勢いを増している。
 鬱蒼と茂る木々はすでに雪化粧をはじめていた。

 本殿の中から雅楽が聞こえてきた。
 二礼二拍手一礼をしつつ中を覗き見ると、中では舞も披露されている。
 なんだろう?
 木々、雪、そして雅楽と舞……。
 別世界にさまよいこんだような、なんだかとっても贅沢なひと時だった。

 せっかくなので、宮川を挟んで対面になる飛騨総社に行ってみることにした。
 飛騨地方の神社を総括するという、大御所中の大御所的神社だそうだ。
 西暦931年壮健というから、すでに1000年以上経っている。
 昔からそうだったのかどうかはともかく、ここに参拝すれば飛騨のすべての神社18社分のご利益が一度に得られるとして、広く信仰を集めているという。
 神社にご利益を求めるのは間違っていると常々思っている僕たちではあるけれど、鳥居の前に停めた車の前で、熱心に――本当にこれ以上ないというくらいの熱を込めて―――、一心にウートートーを捧げている営業マンらしき男性の姿を目にしてしまうと、多少のご利益があってもいいかなぁという気になった。
 ま、神社には日々の感謝を捧げこそすれ、何も求めているわけではない我々は、ともかくもこうして無事に旅行できていることに感謝し頭を垂れた。

 参道の脇に幼稚園(保育園か?)があった。
 参道を挟んで園児たちの遊び場がある。
 東北旅行の際に寄った塩釜神社の表参道である長い階段では、中学生たちが階段登りのトレーニングをしていたっけ。こうして何気ないところで生活に結びついているってのが、神社のあるべき姿だよなぁ、やはり。拝観料を取るようなお寺とはそのあたりが根本的に違っている。
 ……なんてことを、酒を飲んでいいコンコロもちになった状態で参拝するヤツに言われたかないだろうなぁ、きっと。

 ふう………。
 たくさん歩いた。
 灯ともしごろになる頃の古い町並みってのも見てみたかった。でもこれ以上歩いたらあとあと危険だ。今宵の出動に備え、ここらで宿に戻り、温泉に浸かって疲れを吐き出すことにしよう。