1月21日

27・朝飯前の散策・2

 20日の夜、深夜の雪中行軍をしながら宿まで帰り着き、露天風呂で雪見風呂としゃれ込んだ。
 湯気が途切れるあたりから静かに舞い落ちてくる雪は、まるで花びらのようだ。

 まだいっこうに降り止む気配は無い。これはもしかすると………

 けっこう飲んだけれどもウコンの力で朝は爽快だった。
 一夜明け爽快に目を覚まし、誰も活動していない民宿をひっそりと抜け出すべく、玄関の引き戸を静かに開けた。そして……
 あまりにも変わり果てた光景に絶句した。
 宿の玄関先が雪で埋まっている……。
 駐車場スペースになっているところに思いっきり積もっているので、一歩ごとに足が雪の中に埋まる。
 道路も一面銀世界だった。
 これだ、これだ、見たかった風景は!!
 ……と、はしゃぐのが申し訳ないくらいに、通りのあちこちでみなさん黙々と除雪作業をしていた。

 前夜寝転んで遊んでいた桜山八幡宮の参道なんて、まるで宗教儀式か何かのように、整然と行列が作られていた。みんなソリに雪を積んで、宮川の川原に捨てに行くのだ。

 あまりに整然としているので、一種異様な光景ですらあった。いくら雪が積もっていたら黙っていられないうちの奥さんとはいえ、さすがにこの場で寝転ぶことはできそうもない。
 昨日同様宮川沿いを行くと、沿道の住人たちがそこかしこで雪を川原に捨てていた。
 手馴れたもので、動きが素早い。素早いけど、見ているだけでゲンナリするほどの作業量だ。
 雪国は大変だ…。
 そんななか、我々は庭駆け回る犬っコロのようにテックテックと歩いていく。
 このときのためにうってつけの装備が我々にはある。
 一昨年の北海道旅行の際に購入した冬靴だ。
 かかとの部分に折りたたみ式のスパイクがあって、路面が凍結していそうなときにはシャキンッとスパイクを取り出す。こうすれば、雪だろうが氷だろうが、どんな道でも転ぶ心配はない。
 足元はそれでバッチシだったが、雪かきをしている人々の姿を見てうらやましく思った装備があった。
 編み笠である。沖縄のクバ傘のような形をしている。
 我々にも帽子はあるし上着についているフードもある。でも、編み笠のほうが圧倒的に便利そうだった。
 土産物屋で「竹傘」という名で売られていた。伝統の品なのだろうが、クバ傘同様今も立派に現役らしい。
 昨日と同じように宮川沿いを歩いてみると、昨日と同じように犬を連れた鴨呼びおじさんにお会いした。雪がこんなに積もっていて鴨が集まるのだろうかと思ったら、雪をかき分けかき分け、おじさんが投げる餌のところに集まってきた。
 それにしても…。
 周りの家々では男性人はせっせと雪かきしているのというのに、彼はこんなところで犬の散歩しながら鴨に餌をやっていて大丈夫なのだろうか。

 宮川朝市では、準備に追われるかかさたちが一生懸命雪かきしていた。
 川原に面しているから雪を捨てる場所に事欠かないとはいえ、毎朝これじゃあ、僕なら3日ももたずにギブアップだ。

 これだけ降っていれば、まず間違いなくあそこは期待通りの光景になっているだろう……。
 朝食前の散歩にしてはちょっと遠出しすぎだったけど、雪が解けてからでは遅い。人に雪をかき崩されてからでも遅い。
 予想通り!!
 昨日とは打って変わり、期待通りの雪景色。
 そのシーンとは……これ。

 雪に覆われた中橋とその背景…。
 これが見たかったのである!!
 いやあ、来てよかった!!
 これが春になれば、桜が咲き、柳は青葉に満ち……なんて光景になるのだから、自然というのはつくづく凄い。

 古い町並みも様相が変わっていた。
 ただでさえ趣があるというのに、雪化粧を施すと完全にタイムスリップしてしまったかのようだ。

 ゆっくり歩いているとたちまち上着に雪が積もる。
 北海道・ニセコで目にした雪に比べると、さすがに雪の結晶は小さい。でもスキーヤーの間では、このあたりの雪はかなり上質であるという評判らしい。
 たしかに心地よい。

 雪を見に来た僕たちにとっては心地よいけれど、地元の人にとってはただ面倒なだけらしい。
 お昼過ぎのこと、お店の方が、屋根から身を乗り出している雪の落雪を防ぐため、長い棒を使って落としていた。

 屋根の端で雪が盛り上がっているほうが絵になるんだけどなぁ…
 ……などという観光客の思いがいかに甘いものであるか、僕は身をもって知ってしまった。
 翌日、蕎麦屋の玄関で御品書きを見ていたときのこと。
 ガサッ
 という音に驚く間もなく、僕は30センチほど飛び上がるはめになった。
 屋根の端から落ちてきた雪の塊が僕の襟足に直撃したのだ。
 そりゃ、雪はソフトでさらさらしているけど……
 冷たいッ!!
 心臓の悪い方は、軒先でメニューを見る際には気をつけましょう。

 朝食前の散歩といいつつ、中橋見たさにかなり遠出してしまい、朝食をお願いしていた時間に遅れてしまった…。
 今朝も我々しかいないんだけど、我々しかいないからこそ、申し訳ない………。
 ひと運動後の朝食を美味しくいただき、冷えた体を一度お風呂で温める。ちょこっと休憩してから出かける先は………

 飛騨の里である。