1月21日

29・居酒屋放浪記・返り討ち編

 国分寺にお参りしたあと、しつこくしつこく、何度も何度も古い町並みを歩き回った。
 そんな時間があるのなら、町のあちこちにやたらとあるナントカ館に入って展示物でも見ればいいようなものだが、なぜかあまり興味が湧かなかった。
 それよりも、ただ歩きまわって町の空気を吸っていたかったのかもしれない。

 ときおり店に入って何かを食べたり、工芸品を物色したりしつつ、ここにだけは入ってはいけないと思っていたのが骨董品屋さんだった。
 町並みがかもし出す雰囲気のせいだろうか、高密度で骨董品屋がある。
 特に骨董の趣味などないんだけれど、それは単に近所にそういう店が無いからというだけのことなのかもしれない。
 だから、一度入ってしまうとあれもこれもそれも欲しくなり、血迷った買い物をしてしまうのではないかと恐れたのである。ま、先立つものは無いんだけど…。

 そうやって昼間は冷静に己を律して行動していたというのに。
 なんで夜になると馬鹿になるのかなぁ……。

 そろそろお土産も買い始めておかねばならないので、昨日約束した平田酒蔵場を皮切りに(店のお兄さんは覚えてくれていた)、味噌だ醤油だなんだかんだを買った。あと……そうそう、昨日立ち寄ったスーパーで見たあれを買いたいなぁ……でもどこだっけ?
 二人とも覚えていなかった。
 仕方がないので、ゆうパックの箱を郵便局で買う際に、局員のおねーさんにうちの奥さんが訊いてみた。
 「大きなスーパーなんですけど、どこでしたっけ?」
 それでわかる人がこの世にいるとは思えない。でもおねーさんは親切だった。
 店の雰囲気を訊ね、それだったらここにある店かも……と、高山市ポスタルガイドマップという郵便局の地図に印を書いて渡してくれた。

 荷物が増えたので、いったん宿に戻って出直すことにした。
 ところが、あまりに歩き回ったせいで疲労が限界に達していた僕は、宿に帰ってそのまま風呂に入って休憩。
 一方、せっかく郵便局のおねーさんにスーパーの位置を教えてもらったうちの奥さんは、荷物を置いたあと引き続き買い物へ……。

 こうしてゆうパックの箱は、味噌からビールから何から、まるで行商に出かけるかのような内容と量になってしまった…。

 さあ、飛騨高山で過ごす晩も今宵で最後である。
 昨夜危うく遭難しかけたのは、山車が閉まっていたからだった。
 なんのお知らせもなく閉まっていた店が、今日開いているという保証はない。
 ならば他の店へ?
 第3、第4候補のお店は駅前にあるのでもともとは最後の手段だった。
 駅前となると遠いけど、山車が閉まっているとなっては、駅前であれどこであれ仕方がない。帰りはタクシーにすればいい。
 でも、ひょっとして今日は開いているかも…。
 ほんのりかすかな期待を胸に、チラッと覗いてから駅前に行くことにした。
 今日はどうかな??
 あ!電気が灯っている!!

 選んだ中で宿から最も近い飲み屋さんだというのに、ここに来るまで長い道のりだった……。
 くぐり戸のような小さな入り口がわからずオタオタしている我々を見て、マスターが扉を開けて声をかけてくれた。
 昨日、開いていなかったせいで遭難しかけた旨を女将さん(らしき人)に伝えると、
 「あら、すみません、昨日は正月休みで連休をいただいていて……」
 なんと、年に何度もないであろう定休日以外の休みの日だったのだ。
 さすが八高線の踏み切りにあたってしまう我々の運。

 まだ他に誰もいなかったのでカウンターにしようか座敷にしようか迷った。
 お店の人の話を聞くならカウンターのほうがいい。
 でも、出された料理になんだかんだとリアクションしながら飲むためには、座敷のほうがいいだろう。ささやかな中庭が見える席にした。
 銀世界を見ながら飲むってのも贅沢だ。
 さっそく生でダハダハダハと乾杯。
 いろいろ肴を頼んだけれど、最初に出てきた突き出しをご覧いただいただけですべてお分かりいただけよう(というか、食べるのに夢中で他は撮るのを忘れた)。

 美しい味と書いてオイシイと読む。ここの料理はまさに文字通り美しく味がよい。
 さて生ビールのあとのお酒は。
 ドリンクメニューを見てビックリしてしまった。
 焼酎コーナーのところの末尾に、

 泡盛……海之邦

 え!?
 内地といえど、いまや都会の居酒屋では普通に泡盛を頼める時代になっていることは知っていた。でもまさか高山の居酒屋にまで泡盛があろうとは……。
 鰤一匹運ぶのに人が死ぬこともあった時代に生きていた人には、とうてい信じられまい。
 そりゃ僕だって泡盛は好きである。
 かつて都内で勤めていたとき、居酒屋のメニューでその文字を見ればきっと狂喜したことだろう。しかし我々は今旅の空。飛騨高山まで来て泡盛ってこたぁないだろう。
 それに忘れてはいけない、日本人の魂の酒は日本酒である!!
 泡盛なんて飲んでいる場合ではない!!バンッ(机をたたく音)

 というわけでここでもやはり地酒の熱燗をお願いした。雪にも肴にも合う。これぞ日本人の酒である。
 う〜ん、五臓六腑に染み渡る……。

 おまかせといいながらあれもこれもそれも入れてと頼んだ刺身盛り合わせが素晴らしかった。
 うちの奥さんが特に食べたがっていた白エビ、拍子抜けするほどの小さなエビちゃんだったけど、その味ときたらもう…(涎)。
 塩ぶりもあった。
 塩鮭ならいまや日本全国どこにでもあるけれど、塩ぶりとなるとそうそうお目にはかかれまい。
 脂こってりの照り焼きとはまた違って、なんだかしみじみと美味しい。

 その他いろいろ、味が美味しいのはもちろん、その量が…。これが当たり前と思っている人が都内で飲んだら、値段の割りにあまりに少ない量を見てちゃぶ台返しするだろう。
 いろんなものをたくさん食べたかったので、本当は少しずつ少しずつ食べたかったのに、一品あたりの量が多いからすぐお腹が膨れてしまう。
 でも酒の酔いが満腹中枢を麻痺させるから、まだまだいくらでも入る……
 ……はずなのに、なんでだろう、お腹が……。
 これはひょっとして……日本酒のせい??
 なにかこう、昨日からずっと尾を引いている妙な感覚。これは日本酒のエキスのようなものが体内でかもし出すものではないか??
 今頃になって思い出した。
 そういや、僕は日本酒をたくさん飲めなかったんだ……。

 けっして嫌いなわけじゃない。それどころかおいしいと思って飲みもする。
 でも、居酒屋で飲み続ける、晩酌の量を超えて飲み明かす、そういうときには、日本酒だと腹が膨れすぎ、口の中から胃袋へ至る道のりが最初から二日酔い状態になってしまうのだ。
 このままではもう魅力溢れる美味しい肴を食べられない………。
 ピンチ!!
 そんなとき、ドリンクメニューの文字がキラリと光った。

 「あ、あのぉ……これ頼んでいい??」

 縋るようなマナザシでうちの奥さんにおうかがいをたてる僕。
 やっぱりね…とばかりに勝ち誇ったように笑みを浮かべつつ、うちの奥さんは応えた。
 「どおぞぉ」

 そして、泡盛「海之邦」のロックが運ばれてきたのだった……。

 すまぬ、いやすまぬ。
 やっぱりだめだ日本酒は(僕には)……。
 いや、繰り返すが、美味しいのである。好きなのである。でも……。
 何を飲むにしても、生ビールを飲む勢いとさして変わらぬ速さで飲み続けてしまう僕には、日本酒の芳醇かつ濃厚な味はいかんともしがたい。チビリチビリ、キュッと一杯だったら美味しいと思うのに、普段どおりに飲むともはやどうしようもない……。
 もう飲めないって感じだったのに、その後泡盛に変えてから何杯飲んだことか……。
 日本人の魂の酒は、どうやら僕ごとき下賎の者の口には高級すぎるってことなのだろう。 

 焼酎ブームの世の中に敢然と立ち向かった僕は、こうして見事に返り討ちに遭ったのだった……。

 全国の焼酎党の皆様、冒頭でのワタクシの非礼を伏してお詫びするとともに、ご報告しておきます。
 高山で飲む泡盛も美味しかったですよ……。