みちのく二人旅

志羅山旅館

 いやぁ、いいものを見た。蕎麦は食えなかったが、雨も降ったが、僕はもうこれだけで満足してしまった。このうえ何かあるなら、それはもうグリコのおまけというものである。
 あとはもう、まっすぐ宿に帰って風呂に入り、食事の時間までたたただグデンと寝ていたい。
 だがうちの奥さんは
 「地元のスーパーを見てみたい」
 と言い出した。
 たしかに各地のスーパーというのは、意表を突くものが売られていたりしてなかなか楽しい。しかし、電気自動車で回れるようなスーパーならともかく(そんなのないけど)、今の僕は腰が砕けそうなのである。すでにかれこれ6、7キロは歩いている。
 結局Aコープに入ってしまった。
 こまごまと面白いものはいくつかあったけど、ここで特筆すべきものはなかった。それよりも途中の商店で売っていた野菜の種が面白い。その名も
 「芭蕉菜」
 どんな菜っ葉だろう。どんな味だろう。うちの奥さんの目は期待に満ちていた。
 是非島で育てて食ってみよう、とその種の袋を取り出したら、九州以南ではどうやら作れないようなことが書いてあった。北の野菜なのである。なるほどなぁ。

 さて、今日の宿である。
 いきなり結論から言ってしまうが、今回お世話になった志羅山(しらやま)旅館さんは抜群に良かった。今回二泊したのだが、季節を変えてもう一度訪れてみたい、と願わずにはいられない宿であった。

 まず年配のご夫婦で切り盛りされているところがいい。
 また、季節柄空いていたのも良かった。
 風呂が天然の温泉であるのも素晴らしい。
 そしてなんといっても食事!
 ああ、ずんだ餅、ハット汁。マニアックなところでふきのとうの佃煮……。
 とにかくヨロコビの宿なのである。
 翌朝、毛越寺に出かける際、
 「だったらこれ持っていきなさい」
 と、毛越寺の町民優待券もいただいたし。
 宿帳に書いた我々の「沖縄」の住所も、ご夫婦の親切心を煽る一因になったろうが、とにかく旅館の紹介内容である「家族的な………」というのはまったく偽りはなかった。 

 すでにこんなに書いているのにまだ初日である。
 とにかくこの日、腰がなかば砕けそうになりつつ、灯ともしごろになってようやく宿に帰り、早速風呂に入った。
 さして大きな浴場ではないが、他に誰もいなかったので広々と使えた。
 単純泉の温泉ということで、湯船に浸かっていると砕けそうな腰が少しずつ元に戻っていくような気になる。温泉じゃなくても湯船に浸かるだけで僕らには贅沢なのに、それが温泉である。我々にはこれこそが極楽浄土ではないか。

 人心地ついた後、旅のヨロコビ、夕食である。もちろんビールの注文も忘れない。

 おかみさんが持ってきてくれた夕食は、まさにうちの奥さんにとってヨロコビの品々のオンパレードであった。
 誰もが知っているとおり、うちの奥さんは根っからの酒飲みである。晩飯がカレーライスなどの一品物だったら、それが例え20人前の量であっても発狂する。肴がなければならないのだ。
 そして、肴はたとえそれぞれは少量であっても、品数が多ければ多いほど満足する。そして地元の料理、珍味があれば、奮い立って酒を飲む。
 目の前の料理は、それらを充分に満たす品々なのである。

 甘めの赤味噌が乗せられている岩魚の塩焼き。
 山菜というかなんというか、いろんな天ぷら。
 刺身。
 前沢牛。
 これらメインイベント系もヨロコビなのだが、
 サンショウの味噌。
 ごま油で炒めた豆腐。
 ふき味噌。
 なす揚げ。
 スギダケとかその他いろんなキノコの料理。
 この小技系の小品がさらにうちの奥さんのツボを刺激するわけである。
 旅行先では知らないことは知らないと正直に打ち明け、いろいろ訊ねるのがまた楽しい発見に繋がる、ということをモットーにしているので、食材や料理についていろいろおかみさんに訊ねたところ、このおかみさんも答えるのが好きでいてくれて、いろいろ聞けた楽しい話も絶妙な肴になった。
 そしてなんといってもハット汁。
 このあたりの名物料理である。
 具だくさんのスイトンみたいな味噌汁なのだが、スイトンにあたる小麦粉の塊がワンタンのような形状、質感で、それがまた絶妙な食感なのだ。

 おかみさんはいろいろ工夫して何かを作るのがお好きらしく、翌朝いただいたふきのとうの佃煮など、本人いわく
 「しつこいからこんなのまで作っちゃう」のだそうである。
 また、いろんなお酒も作っておられ、くるみ酒とかまたたび酒、梅酒モドキなどフシギ的珍酒をいろいろ出してくれた。くるみが身近な木の実であるというのも感動ものだ。
 いろんな物をお酒に漬けているんですねぇ、という意味で
 「お酒も作っているんですねぇ」
 というと、
 「いや、お酒は私が作ったんじゃないんだけどね」
 おかみさんはなかなかお茶目さんなのだ。
 おいしいかどうかわからないけど飲んでみる?と、味について謙遜するあたり、素朴な田舎の宿の風情そのままで、そういわれると余計に美味しく感じてしまう。

 山菜らしい天ぷらの中に、小さな花も混じっていた。その紫色の花の正体を聞くと、
 「そんなの訊かれたら困るよォ」
 と笑われた。その辺の道端に咲いている花だったのである。もちろん、ちゃんと草深い野でとってきたものとはいえ、実は道端に咲いている花、というのが恥ずかしかったらしい。
 それがまたうまいのだから、天ぷら恐るべし。

 食事もさることながら、品々を指し示す時の
 「○○っこ」
 という表現が新鮮だった。小さなもの、かわいげなものを言う際にくっつく言葉である。沖縄でいうなら「○○ぐぁ」にあたる表現である。○○っこ、とそれが自然に出てくるのを聞くだけで、東北を感じるではないか。

 翌朝になるが、これまた名品「ずんだ餅」も忘れられない。
 ずんだ餅というのが名物である、ということは知っていたが、ではずんだとはいったい何か、ということまでは知らなかった。
 朝食時につく餅料理にはずんだ餅のほかにごま、あんこと餅が三種あり、夕食時にどれにするか選んでおくようになっている。迷わずずんだ餅を選んだものの、どんな餅が出てくるのか全然わかっていなかったのだ。
 注文を取ったおかみさんは、僕らが迷わずずんだを選んだのに驚き、食べたことあるの?と問われたが、その正体すら知らないことを告げると、例によって
 「そんなに美味しいもんでもないんだけどね……」
 と笑顔で謙遜される。ますます期待は膨らむのである。

 はたして、朝食時に出てきたずんだ餅は……。
 なんと枝豆のあんがかかったお餅であった。
 枝豆をすりつぶしてトロ〜リとあん状にしているのだ。
 もちろん浅い緑色である。
 これがまたうまいのなんの。
 病み付きになってしまう味である。もし無限に食えるのなら、100万個くらいお餅を食ってしまうところだった。
 ひょっとして、ひところ流行ったビーノとか豆系のスナック菓子は、このずんだをヒントにして生まれたのではないだろうか。
 土産物屋にもこのずんだ餅が売られているが、やはりつきたてのお餅に作り立てのずんだをかけて食うのが正真正銘であろう。ああ、思い出しただけでよだれが出る。

 このずんだ、どうやら枝豆があれば家で普通に作れるようである。後日製法をうちの奥さんが聞いたので、枝豆さえ手に入れられれば島でも味わえるかもしれない。

 食堂にあった一言ノートには、各地から訪れた様々な方がいろんなことを書いていた。
 さてさて、沖縄から来ている人はいるかいな、とページをめくってみると、いたいた。年配のご夫婦であった。初めての東北旅行である、というようなことが書かれてあったが、さぞかしカルチャーショックの連続だったことだろう。
 僕もちょこっと書いておいた。

 宿を去る時、いろいろ身の上についてもちょこっと話し、ついでにうちのパンフレットも渡しておいた。ご主人が、しみじみと
 「やっぱりあったかいところはいいよねぇ……」
 とおっしゃっていたのが印象的である。
 我々も店休めて旅行するか、と冗談ぽくおっしゃっていたが、本当にいらっしゃったりして……。
 もしかすると、うちのパンフレットが一言ノートに貼られているかもしれないので、お泊りの際はチェックしてみてくださいな。