みちのく二人旅

毛越寺にて

 二日目は早く目覚めてしまった。
 いや、早く、というどころではない。
 普段の島の生活じゃ考えられない距離を歩きとおしたために、前夜は鈍器で後頭部を殴られたかのように9時ごろに落ちてしまった。
 そのため、3時ごろに目が開いてしまったのである。
 若い頃は腰の骨が伸びきっても伸びきってもまだまだ寝つづけていられたのだが、だんだん「寝る体力」も落ちてくる。今では5、6時間の睡眠で充分になっているのだ。
 いかに東国とはいえ、3時では夜が白み始めるわけもなく、朝日を拝むまでずっと本を読んでいた。
 気分的にはなんだか徹夜をしたような雰囲気である。それでいてたっぷり寝ているから、疲れはない。 砕けそうだった腰もすっかり回復していた。夕方には崩れ落ちそうになり、翌日はほぼ回復している、というのを以後毎日繰り返すことになる。

 毛越寺に出かけた。宿からあるいて5分ほどである。
 隣りには復元された観自在王院の庭園がある。毛越寺は拝観料が必要なのに、こちらは単なる庭である。看板には庭園内を使用する際のこまごまとした注意書きがあったけれど、犬の散歩をしていたり、おじいおばあがグランドゴルフ大会をしていたところを見ても、完全にオープンなのだろう。広々とした気持ちいい庭である。どうして他に誰も散歩していないのか不思議だった。ま、平日だけどね。

 さて、毛越寺。
 古い本だと「もうつじ」とフリガナが振ってあるが、最近の本には「もうつうじ」と書かれてある。どっちでもいいのだろう。いずれにしても、中尊寺と並ぶ平泉のメジャースポットである。
 ただし、中尊寺と違って、毛越寺は往時の堂塔伽藍のすべてを失っている。そのため、最近脇に作られた本堂以外はほぼ「庭園」なのである。
 この庭園こそがこの毛越寺なのだ。
 浄土庭園である。
 生きがたい世を生きていた当時の人々の、死後の世界こそよかれ、という願いが極楽浄土という希望に繋がるのだろう。現世にそれを現出させることによって、その地すら浄土になるよう祈るのだろうか。

 拝観料は一人500円。
 先述のとおり我々は宿のご主人から優待券をいただいていたので、するりと通過し中に入った。

 南大門跡の先には大泉池がある。言ってしまえば、今の毛越寺とはその池をグルリと回るだけなのである。
 遺構だけを見て往時の姿を想像するような能力はもちろん我々にはない。幸い、考証を重ねられた復元模型を目にする機会は多い。そのイメージを頭に入れながら実際に庭園を眺めてみれば、多少は往時を偲べるかもしれない。
 バイパス工事をするくらいなら、いっそのことこういう遺構を完全に復元すればいいのになぁ、と思うのは僕だけだろうか。ま、国土交通省とは関係ないか。

 そういいながらも、結局我々はここでも紅葉に目を奪われる。

 朝早いせいもあって、観光客はほとんど見当たらない。
 浄土を味わうにはバッチシの環境だったのだが、我々はといえば、
 「これだけの芝生、世話するの大変だろうねぇ」
 「この池にうちのアヒル放してやったら大喜びだろうねぇ」
 などと、あくまでも等身大の会話しかできないのであった。

 この毛越寺も隣りの観自在王院も、広大な池が庭の主役である。
 浄土庭園には池が欠かせない。
 庭園作りとしては池の中の小島もポイントらしく、なるほど、必ず小さな中島がポツンと中央に作られている。
 平泉全体の復元図を見ると、町の随所に池や淵があったことがわかる。人工・天然それぞれだろうが、今では想像することすら難しい水の都だったのだ。

 この後行った無量光院跡は、宇治の平等院鳳凰堂を模しつつそれを越えるものであったというが、今では田んぼの真中にポツンと遺構があるのみだった。僕の実家の近所の今城塚古墳周辺とそっくりである。古墳にはお堀がいまだに池として残っているが、無量光陰には何もない。かつての池は、形そのままに田んぼになっているのだ。
 まさに、
 「秀衡が跡は田野に成」っていた。 

 それやこれやをイメージしながら町全体を俯瞰してみたいなぁ、と思っているとき、
 「新・奥の細道・展望地」
 というのを地図上に見つけた。毛越寺脇から始まる遊歩道が中尊寺まで続いていて、途中の山のいただきに展望台を設けたらしいのである。

 まだ朝早い段階だから、まだまだ腰もくたばってはいない。よし、早速登ってみよう。

 遊歩道というからには散策小道のようなものかと思ったら、なんてことはない、単なる車道ではないか。せめて歩行者と車とを明確に分ける何かでもあればいいのだが、ほぼ車道を歩いているようなものである。どこが遊歩道なのだろう。
 高館程度の小高い丘か、とたかをくくったのも甘かった。
 途中何度も戦意喪失しそうなくらい(僕だけだけど)、ずっと登り坂なのである。
 前日中尊寺まで行ったから、この遊歩道を最後まで踏破して金色堂まで行くつもりはなかったとはいえ、展望地からの眺めを見ずに引き返すのも悔しい。とにかく展望地まで行けば、素晴らしき眺めを堪能できるに違いない。なにしろ「新・奥の細道」なのだから。
 そうやって自分を励ましつつ、どうにかこうにか展望台までたどり着いた。遊歩道というのに、途中歩行者を一人も見なかった。

 さあ、到着。いざ、平泉を見渡そう!
 「…………?」
 あれ?ここじゃなかったのかな?
 でも、しっかりと
 「展望台」
 という看板がある。
 う〜む………見えない………。
 山々の木々に阻まれて、展望台から見えるのはネコの額ほどのスペースしかないのである。
 いや、ネコの額の方がよっぽど広かろう。
 なんじゃぁ、こりゃあ!!

 うなだれつつ同じ道を引き返していると、犬の散歩をしているご婦人とすれ違った。さっき観自在王院で散歩していた人だ。
 この遊歩道で初めてすれ違う人だったから、軽く挨拶しつつ、展望台が期待はずれだったことを告げると
 「そうなのよね、木が伸びちゃって見えなくなったのよォ」
 これだから行政のやることというのは愚かしい。
 木が伸びるということを知らなかったのだろうか。アホだよなぁ。