19・浄土宗・浄念寺

 横浜滞在4日目にして、ついについに本格中華を堪能することができた我々は大満足。
 もうこのままホテルでグデンッと寝転びたい気分ですらあった。

 あ、お坊様との待ち合わせが……。

 ともかく、島の皆さん方へのお土産を買い求めるために中華街を再びウロウロし、そのあと、新たな待ち合わせ場所にすべくローズホテルのロビーに入った。
 お坊様に電話を。

 あれ?出ないなぁ……。

 お坊様は、月のうち8日間くらいしか働かないという。週末2日×4ということである。
 でも、この日は珍しく平日というのにお仕事が入り、2時半頃までは葬儀場にいるので、連絡はその後に、ということになっていたのだ。
 なので、3時前だから大丈夫と思ったのだが……再度電話しても、お坊様は出てくれない。
 仕方がないので、ローズホテルのロビーでお坊様からの電話を待つことにした。ケータイのアンテナを見ると、しっかり3本立っている。

 電話を待ちつつ、ソファーで居眠りを。
 ふと目覚め、念のためにアンテナを確かめる。ちゃんと3本立っている。
 安心して眠る。

 しかし………電話がかかってこない。
 時刻は3時半になろうとしていた。
 おかしいなぁ、仕事が長引いているのかなぁ。
 と、ふとケータイを見てみると……

 圏外

 え!?
 アッ!!
 そうか、アンテナを確認するときは目線の高さまでケータイを持ち上げていたけど、ソファでグデンと寝ているときは、肘掛くらいの高さになっていた。このときはその位置のままで確認してみたのだ。この位置だと圏外になってしまうらしい。

 ……ってことは!!

 居眠りしていた間、ずっと圏外だったってことじゃないか!!
 慌ててホテルの外に出て、お坊様に電話をした。

 「社長!!いったいどこにいるんですかぁ!!」

 なんとお坊様、3時過ぎからずっと僕に電話をかけても、僕の電話にはまったく繋がらなかったそうである。そりゃそうだよなぁ、圏外だったんだもの……。

 「すみませんっ!!こ、これからどうしたらよろしいでしょう??」

 「とりあえず関内駅まで来てください。タクシーで1メーター料金で大丈夫ですから」

 慌てて他の二人に事情を告げ、タクシーを拾って関内駅へ。横浜スタジアム側で降りてくれと言っていたっけ。
 降りてから再び電話をし、お坊様の車を探す。
 先行するオチアイが見つけたらしい。

 お、お坊様だ!!

 アーーーーーーーッ!?

 本当にお坊様だ!!

 そう、仕事帰りのお坊様は、法衣のままだったのである。
 お坊様、かっこいいですねぇ!!

 「今日はコスプレの日ですから」

 すみません、そんな格好のまま30分もこんなところで待たせてしまって………。
 仏の顔は3度までらしいから、とりあえず今回までは大丈夫かな?

 お寺から半径5キロ以内、つまり檀家さんを回る範囲内では、お坊様はつましく軽自動車に乗っておられる。その「社用車」に乗せてもらい、一路お坊様のお寺を目指す。

 「酒くせ〜っ!!」

 す、すみません、お坊様、さっきまでビール飲みまくりでした……

 まったく……と苦笑いしつつ、お坊様は車を発進させた。
 そのとき、お坊様のケータイが鳴った。
 チラと見るなりお坊様、そのケータイを僕に渡し、

 「社長、それ姫からですよ」

 へ?
 見ると、発信者のところに見慣れた苗字が。
 なんでなんで、どうしてどうして??

 アッ!!
 そうか、待ち合わせ時刻になっても僕のケータイでは連絡が取れなかったお坊様、ではオチアイのケータイ番号を訊こうと、マサノブや姫に手当たり次第にかけていたのだ。
 で、着信ありを知った姫が、お坊様にかけてきたというわけである。
 というかお坊様、そんな用事で気安く姫に電話するんじゃないッ!!<その前に遅刻するんじゃないッ!!

 で、電話には僕が出た。
 ビックリする姫。
 事情を説明したあと、ああだこうだ四方山話を少しして電話終了。声を聞くのは久しぶりだったので、なんだかうれしかったりする。
 たまたまかかってきたときがこういうタイミングだったというのは、実は御仏の見えざる手なのかもしれないなぁ。やはり功徳は日々積んでおくにかぎる………。

 車は走る。
 目指すはお坊様が副住職を務めるお寺、浄念寺である。

 浄念寺は同じ横浜市にあるものの、横浜といってもとっても広いので、中華街からは混んでいると車で20分くらいかかる。
 大都会横浜のお寺とくれば、町の中にポツンとあるのかと思いきやそうではないらしい。周囲は水納島と同じくらいに草ぼうぼうだというのだ。
 これまで中華街近辺しか見てこなかったからにわかには信じられなかったが、車がお寺に近づいてくると、だんだんその話がシンジツであることがわかってきた。

 たしかに田舎である。
 いまでこそ宅地造成されて団地が建ち並んでいるけれど、その昔は山しかなかったそうだ。
 そして。
 このあたりが浄念寺の敷地です……とお坊さんがおっしゃる土地の広さは、本当に優に水納島くらいあるのだった。

 浄念寺とは、伽藍こそ小なりとはいえ、由緒正しい古刹なのである。
 なんでも、織田信長が桶狭間で今川義元を破った頃に創建されたそうで、つまり500年弱の歴史があるわけだ。
 お寺が世襲になったのは明治以降なので、お爺様から数えて3代目がバトルボーズさんなのだそうである。
 つまり現在の住職はバトルボーズさんのお父上。

 ところで、今でこそ僕たちはお坊様をお坊様だと認識しているけれど、初めて水納島に彼が訪れたときは、もちろんのことご職業など知る由もなかった。

 スキンヘッドである。
 マッチョである。
 いかにも遊び人風である。

 以上の状況証拠を見れば、おそらくシャーロック・ホームズでも金田一耕助でもコナンでも、そっち系の人であろうと推理するだろう。
 僕たちもそう思った。
 もしくは、芸能界関係者、水商売系、その他いろいろ、推理は働く。

 そしてある年のお正月に届いた年賀状が、長い間の謎を一気に解決してくれたのである。差出人名のところに、

 横浜浄念寺・副住職

 最初は冗談かと思ったほどだ。
 しかし、言われてみると、なるほどそれですべてのつじつまが合う。
 まさかまさか、あの人がお坊様であろうとは……。
 叶姉妹が実は男だった、といわれてもこれほど驚きはしないだろう。

 その後お坊様は何度も島に足をお運びくださるようになり、挙句の果てにはうちに半自動の麻雀卓を贈ってくださるほどのリピーターになってくださっている。

 そんなお坊様のお寺についにやってきた。 

 中に通してもらった。
 そこでハタと気がついた。
 我々、まったくの手ぶらではないか。
 それどころか、昼間から生ビールをグビグビのんで、いい心地で来てしまった…。

 そんな我々のために、お坊様はさらにグレードの高い法衣に着替えられ、有難くも尊いご回向をしてくださった。
 「回向」とは一般に仏教の言葉であるけれど、特にお坊様の浄土教で言うところでは、称名念仏の功徳をめぐらし、衆生の極楽往生に資することであるらしい。
 ひらたくいうなら、お坊様の力をもってして、阿弥陀様のお力が我々に、そして水納島の人々に届くようにお経を唱えてくださったわけだ。

 これが!!
 サナギマンがイナズマンに、サイヤ人がスーパーサイヤ人になってもこれほどの驚きはなかったろう。あの、あのお坊様が、本当にお坊様になっている!!
 笑いを堪えきれない様子のオチアイが(なんて失礼なっ!)、必死になって真面目になろうとしていた。

 こればっかりは是非動画で皆様にお届けしたかったなぁ……。
 お坊様が本当にお坊様だったという、当たり前のようでいて実はまだ完全には信じていなかったことを知った僕にとっては、文字通りの「百聞は一見にしかず」なのだった。
 オチアイは笑っていたけれど、いやあ、プロとはこういうことなのですな。どんなに悪行の数々をしていようと、一歩も譲れない自分の道があるというお姿を初めて拝見いたしましたぜ。

 ……というか、ビールをたらふく飲んでほろ酔い気分で来てしまって、本当に申し訳ございません。

 このご本尊もまた由緒正しいものだそうで、中央の阿弥陀如来様は、お寺の歴史よりも圧倒的に古いらしい。「なんでも鑑定団」に出せばとんでもない値がつくだろうということだった。
 バトルボーズさんが住職になられた暁には、本当に鑑定団に出していそうでちょっとコワい……。 

 このあと、客間でお茶をいただいた。
 そのときに出していただいた茶菓子がこれ!

 上下左右にある文字を中央の口という字につけて読むと……

 吾(われ)唯(ただ)足る を 知る

 となる。
 いつも異常に食べ過ぎては「食いすぎたぁ〜……」と呻き声をあげる僕がもっとも理解しなければならない言葉であろう。
 このお菓子、お寺に訪れる檀家さん用に出す浄念寺オリジナルのお菓子だそうで、世の中のどこにも売られていないものである。日本で唯一、ここでしか食べられない茶菓子なのだ。
 そんな話をしているうちに、住職がお戻りになられた。
 あらかじめお坊様がおっしゃっていたとおり………

 八名信夫に似ている!!

 ドンッとテーブルにコップを叩きつけ、

 「うん、マズイッ!!」

 といいそうなその風貌。
 でも悪役商会というよりは、人生の酸い甘いを超越したところに腰を据えておられそうな、いかにも住職という存在感であられた。
 お坊様の島での悪行の数々をどこまで話していいのかわからなくて、僕なりに言いよどんでいたのだけれど、お坊様はあれもこれもそれも、全部…とはいわないけど…その場で話していたのだった。
 住職も若かりし頃は復帰前から沖縄に足しげく通っておられたという。どうやらその昔の姿は、バトルボーズさんと似たような感じだったのかもしれない……??

 この浄念寺で心残りがただ一つある。
 到着したのが我々のせいで遅くなったということもあって、すでにあたりはすっかり暗くなってしまい、この浄念寺の外観を記録に残せなかったのだ。
 観光地にありそうな古刹という風情ではないものの、お寺を宣伝しようと思っていたのに外観を撮り損なうとは……。

 お坊様、お寺の写真、よろしくお願いいたします……。

 と書いていたら、本当に後日写真を送ってきてくださった!!
 さあ、これが浄念寺の外観とありがたくも尊いご本尊だ!

 
撮影:浄念寺副住職

 このあたりの札所になるほどの由緒あるお寺なのだけれど、そういうミーハー的な名の通り方はさせたくないという住職の方針として、浄念寺というお寺の名前はネットで調べてもそうそう出てはこないと思われる。
 でも、そこに行けばこうしてひっそりとたたずんでいるので、お近くにお寄りの際は、是非お立ち寄りのうえ、住職、副住職とゆんたくしてください。ま、副住職は境内にビーチパラソルを立て、日向ぼっこしてるかもしれませんが……。

 さてこのあとは!
 いよいよ横浜最後の夜。ツアーコンダクターはもちろんお坊様!!
 ディープな横浜の代名詞、伊勢佐木町で飲み明かすのである。

 本当のお坊様姿だったお坊様は、早くも街の遊び人モードに切り替わっていた。どうみても街のあんちゃんである。
 たまたま近くに用があったという、これまたお坊さんでクロワッサンのゲストでもあるバトルボーズさんのお友達M山さんが迎えにきてくれた。お酒は飲めないという彼の車で、いざ伊勢佐木町へレッツゴー!!

 今宵、伊勢佐木町へ集結する主なメンバーは、お坊様コンビとそのお連れさんたち、我々3人、そして………

 なんとあの人たちまで!!
 さあ、いったい誰々が集まるのか、乞うご期待!!