2・残されしものたち

 我々クロワッサンは、10月末日をもってスパッとその年のシーズンを終える。
 オフである。
 本来であれば、オフ突入と同時に疲れた体を癒し、しばらくのんびりと時間を過ごしたうえで、シーズンの反省と将来の展望などを様々な角度から分析し、しかるのちにこのオフの時間をいかに有効に使うべきかという遠大かつ詳細な考察に入るのだが、ごっくん隊の結婚式は11月3日。さすがに当日島を離れて出席…という強行軍では間に合わないので、前日から出発することになる。
 てことは、我々は2日に島を発つわけだ。
 ちなみに今シーズンは10月31日までゲストがいて、その方のお帰りが翌1日。山の奥の奥の群馬まで帰って礼服その他の準備をしなければならない違いのわかる男も、この1日に一足早く島を去った。

 息つく間もないとはこのことである。
 10月後半は、運動会を筆頭にお坊様の誕生祝大バーベキュー大会やら比地大滝探検ツアーやらなんやかやとイベント目白押しで、なだれのように出来事が過ぎ去っていたのだ。
 これから内地に行くなんて気分とは程遠かった。

 さて、旅行といえば、我々の場合ついて離れないのが我が家の鳥さんその他の動物たちである。
 オウム・インコ4羽、アヒル数え切れないほど、そして親亀6匹に中くらい亀2匹、さらに小亀が3匹という、それぞれに餌をやる場が違うこれらの生き物、オカメインコ以外は1週間くらい餌をやらなくったって死ぬことはないだろうけど、そういうわけにもいかない。

 これまでは、庭にいる生き物は大城のおばあにお願いし、小亀の水槽はリョウ君ちに預かってもらい、オウムインコは動物病院に検査入院ってことで預かってもらっていた。
 オウムやインコとはいえ一泊の料金はバカにならない。2羽あわせた値段は、船員会館で僕が寝泊りする料金と変わらないのだから。
 それが4羽に増殖してしまった今、我々にはそれらを一気に運ぶ手段も資産もない。

 となれば、これらの世話を島の人にお願いするしかない。
 白羽の矢がブスリと刺さってしまったのは、リョウ君の母ちゃんでありオサムさんの奥さんでもあるタカコさんなのだった。
 快く引き受けてくれた(イヤとは言えなかったという話もあるが…)タカコさんは、もともとこういった動物は大好き(とこっちが思い込んでいるだけかもしれないけど……)なので、子供たちの手が離れた今、けっこう楽しんでやってくださるに違いない。
 とはいえもはやここまでくれば、青息吐息のムツゴロウ王国のスタッフと同じくらいの立派な仕事である。なので、「バイト」ということでお願いした。
 ああ、彼女がいなかったらどうなっていたのだろう……?

 こうして後顧の憂いなく、我々は旅立つことができた。
 後顧の憂いといえば、この先一週間会えなくなってしまうのが寂しかったので、1日の夕方時間があったら顔出して、と31日の晩に姫にお願いしてあった。
 そのときはいつものように「わかんない」とつれない返事だったのだが、彼女はちゃんと1日の夕方、学校が終わってすぐに来てくれた。いじわるなようで優しいのである。
 それからとっぷり日が暮れるまでたっぷりお話できたので、この方面の滋養を申し分ないほどに取り入れることができたのだった。とりあえずこれでたとえ飛行機が落っこちても、思い残すことはない。
 ……えー、わざわざ触れる必要もないネタではありますが、このところのお約束事項なので。

 朝一便で島を出た我々は、スーパーリムジンカローラ号で那覇空港へと向かう。
 空港近くの駐車場のスタッフが、空港で車を引き取ってくれるのだ。1週間だとそれほど高くもない。世の中便利になった。

 さあて問題。
 はたしてエンジンはかかるのか?
 このところ症状が悪化していて、セルモーターをガシガシ叩かないとエンジンがかからないということがしばしば発生しているのである。
 本番に弱い僕のこと、こういうときに限ってそういう症状がでそうな気も………。

 ところが、案に相違してカローラのエンジンは快調にかかった。
 ではでは、レッツゴー!!

 道中何事もなく空港に着。
 事前の約束どおり、駐車場スタッフ2名が来た。

 「あのー、この車ときどきエンジンかからなくなるんですけど………」

 事情を説明すると、スタッフたちの顔色が途端に曇った…というか、イヤそうな顔をした。そりゃそうだろうなぁ……。

 「でも、セルモーターを叩けばかかりますから」

 ここで断られでもしたら元も子もないので、慌てて対処療法を説明すると、

 「セルモーター叩けばかかるって知ってたらジョートーよ!」

 と笑われた。
 ちなみにこの一連のやりとりは、僕が我慢できずに空港内のトイレに行っている間だったので、すべてうちの奥さんが行なっている。駐車場スタッフからすれば、こんなオンボロ車にこんな小さな女性一人でさぞかし大変だろうなぁ…なんて感想を抱いていたことだろう。

 車も無事預かってもらえたので、少し早めのランチタイム。
 もちろん行き先は、キリンビールレストランである。もう、生ビールが美味しいんだから。
 つまみになるものを少々たのみ、パスタやタコスやなんやかんやで心地よく過ごす。
 程よい睡魔とともに出発ゲートへ。

 この時期に旅行をされた方で、修学旅行生の洗礼を受けていないとすればそれはめちゃくちゃラッキーである。
 ホント、公立学校の修学旅行での飛行機を解禁したヤツの首を絞めてやりたいね。
 いや、彼ら若者が集団になるとウルサイというのは何も今に始まったことではないし、実際僕たちもそうだったのだからそれを責めているのではない。でも、何の罪もない一般旅行客が彼らと同じ乗り物に乗り合わせるというのはどうなのよ。
 いろんな○○割りとかはどうでもいいから、修学旅行生と同じ便に乗り合わせてしまうことになる乗客には、「修学旅行生と同乗割」ってのを適用してほしいぞ、航空会社。

 幸い我々は、ちょっと体験してみたかった1000円プラスでクラスJという席だったので、騒々しい修学旅行生たちは遥か後方千里の彼方に位置していた。おかげで喧騒とは程遠かった……
 ……と思ったら、耳抜きのできない幼児がギャーギャーうるさいのなんの。
 1000円も上乗せさせてんだから、昨今のシネコンと同じく3歳未満はお断りにしてくれよなぁ……。

 とまぁ、多少の文句はあったものの、1000円プラス席はサイズといいスペースといい、概ね満足のいくものだった。
 ただ、てっきりワイン飲み放題なのかと思ったらそうや問屋はおろさなかった。<当たり前だ。

 快適なシートでうとうとしているうちに、あっという間に羽田空港に着。
 羽田空港では、超豪華スーパーリムジンのお迎えつきなのである。
 そう、我々はVIPなのだ!!
 はたしてどんな迎えが??