水納島の魚たち

ヒメダテハゼ

全長 7cm

 伊豆で観られるダテハゼなみに、砂地のそこらじゅうにいるのがこのヒメダテハゼだ。

 ヒメというだけあって、本家ダテハゼよりは二周りくらい小柄だから、そこらじゅうにいても慎ましやかに見える。

 海水浴場の海底でも普通に観られるくらいだから、いわば水納島で最もフツーに目にすることができる共生ハゼの一種といっていい。

 たくさんいるからいつでもどこでも目にすることができるというのに、このヒメダテハゼに注目してダイビング中の時間を費やすのは巨匠コスゲさんくらいのもので、たいていの方は完全スルー状態になっている(ヤシャハゼをご存知ない方にヤシャハゼを指し示すと、その手前にいるヒメダテハゼをそれと勘違いし、一生懸命撮っておられる…という例外もあるにはある)。

 そんなヒメダテハゼがパートナーに選ぶのは、コシジロテッポウエビや……

 モンツキテッポウエビ、

 その他ニシキテッポウエビなど幅広く、パートナーの選択にはあまりこだわりはないようだ。

 エビにこだわらないことが、個体数増の決め手なのかもしれない(コトブキテッポウエビと一緒に暮らしているのは観たことがない)。

 個体数が多い=警戒心が弱くなるという多くの魚に見られる傾向そのままに、ヒメダテハゼはけっこう近くまで近寄らせてくれる子が多い。

 となるとハゼが発するエビへの警報発令もおのずとゆるくなるから、ハゼとエビの共生の様子をじっくり観ることができる。

 そんなヒメダテハゼは、他の共生ハゼでは見られない特技(?)を持っている。

 これ。

 やたらと目立つところにいる黒い物体は、スミゾメキヌハダウミウシというウミウシだ。

 たまたまハゼの背中に乗っているのではなく、能動的にハゼのヒレに「寄生」しており、ハゼの体液を栄養にしているという。

 おもしろいことにこのウミウシは、水納島で観るかぎりヒメダテハゼにのみ寄生するのだ(一度だけハタタテシノビハゼについているのを観たことがあるのみ)。

 他にもたくさん共生ハゼがいるというのに、なぜにほぼヒメダテハゼだけなのだろうか。

 警戒心が緩すぎるからなのか、それとも体液が蜜の味とか???

 味はともかく、滅多に注目を浴びることがないヒメダテハゼも、ウミウシがついているとなると話は違って、そっち系変態社会人がカメラを向けることもある。

 まだ水温が低い時期はハゼの行動が不活発だからか、このウミウシ付きヒメダテハゼは、4、5月頃にはけっこう高確率で目にすることができる。

 ただしその場合、あくまでも主役はウミウシになってしまうので、ヒメダテハゼはやはり「注目」されているわけではないのだった。

 そうやってウミウシに寄生されている一方で、ヒメダテハゼはこういうことをしている。

 何かをモグモグしているなぁと思ってしばらく観ていたところ、モグモグして呑み込み、呑み込んだかと思えば吐き出し……

 またモグモグして呑み込み……

 また外に出す……

 …ということを何度か繰り返したあげく、結局ポイッとばかりにその物体を捨て去ったヒメダテハゼである。

 ヒメダテハゼ、いったい何をモグモグしていたのだろう?

 吐き出されて漂い始め、やがて着底した物体をチェック。

 ハナミドリガイ(ウミウシ)だった(まったく無傷)。

 ネズミをいたぶる猫のごとく執着していたけれど、けっして食べられるものではないようだ。

 スミゾメキヌハダウミウシに寄生されまくることへの、ヒメダテハゼなりの意趣返しだろうか。

 というか、そうやってウミウシをモグモグできるのなら、寄生するために忍び寄っているスミゾメキヌハダウミウシだって、モグモグして撃退できそうなものなのに……。

 ひょっとするとこの黒いウミウシの寄生は、ヒメダテハゼにとってカムフッタボーな状況なのかも。

 その証拠に、こういう子もいたりする。

 ゼータクにもダブルウミウシ。

 これがヒメダテハゼにとって、困ったことなのか、無常のヨロコビなのか、いったいどっちなんだろう?

 今後の研究を待ちたい。

 ……って、誰も研究してない??

 その後もっとつぶさにウミウシの口元を観てみたところ……

 ヒレはけっこうボロボロになっている。

 ちなみにこのヒメダテハゼも……

 ダブルウミウシ。

 ヒレがいちいちボロボロになるようじゃあ、とてもじゃないけど無常のヨロコビであるはずはないか…。

 なにしろ彼らヒメダテハゼは、近くにいるメスにアピールするためであろう、ホバリングをしてヒレを全開にするポーズを決める、という大事なシゴトがある。

 この大事な時に、ヒレがボロボロじゃ困ったことになるのだろう。

 流れが強くないときに、ヒメダテハゼが多くいる海底でジッと眺めていると、そこかしこでヒメダテハゼたちがこのようにホバリングしてはヒレを全開にしている姿を見ることができる

 見慣れてくるとホバリングしそうな状態にある子とそうではない状態とがわかるようになるので、ホバリングしそうな子のそばで待っていると、彼らは惜しげもなくこのポーズを披露してくれる。

 たくさんいてくれるからこそいつでも観られる、至極のポーズなのである。

 追記(2020年10月)

 そうやってメスにアピールしながら、めでたくゴールイン……

 …になるはずが、招かれざる者も呼び寄せることがあるらしい。

 一つの巣穴にヒメダテハゼが3匹いるのは珍しい。

 しかしこのビミョーな三角関係は、長く続きはしなかった。

 すぐさま……

 バトル勃発。

 どうやらオス2匹が1匹のメス(手前)を巡って争っているらしい。

 こういうときにも、互いを大きく強く見せる各ヒレは大事な役割を果たしているようだ。