水納島の魚たち

ヒメクロイトハゼ

全長 5cm

 2014年の秋のこと。

 砂地に見慣れない小さなハゼの姿があった。

 クロイトハゼのチビに似てはいるけれど、クロイトハゼのように体の模様がハッキリしていない白いハゼ。

 ヒメクロイトハゼとの初遭遇だった。

 あいにくガイド中だったため、証拠写真を残すことができず、これまた儚い一期一会か…と諦めていた。

 ところがその年のシーズン最終盤、あるポイントの砂地でカメラを携えて潜っていたところ、ヒメクロイトハゼのペアが数組…

 それとは別に単独でいるものも1匹見つけてしまった。

 これまで一度も目にしたことがなかったというのに、いったいどうしたのだこの遭遇頻度。

 幸いこの時はフリーで潜っていたので、じっくり観察することができた。

 ヒメクロイトハゼは、オトメハゼアカハチハゼと同じクロイトハゼ属ながら、「ヒメ」というなのとおり他に比べ随分小型で、前述のとおりそのフォルムはクロイトハゼの小さい頃に似ている。

 そんな彼らには、他のクロイトハゼ属の仲間に見られない特徴がある。

 巣穴の近くでホバリングしている時に、前後にスーッスーッと、振り子のように繰り返し動くのだ。

 ペアでいる子は2匹とも、一人身の子は1人で同じように動いていたから、特に繁殖にまつわる動きというわけではないようだ。

 この水平スーッスーッ泳ぎのおかげで、いともたやすく発見できる。

 目立っちゃっていいのだろうか。

 その後もしばらく眺めていると……

 波動砲発射。

 ペアでいる子も……

  波動砲発射。

 見ている間に何度も何度も欠伸をしてくれる。

 艶やかさには程遠い体色ながら、その動きには一見の価値があるヒメクロイトハゼなのである。

 ただし誰も彼もがたやすく近寄らせてくれるお利口さんというわけではなく、カメラを向けるとすぐにスーーーーッとその場を離れていくことのほうが多い。

 彼らは自分たち専用の巣穴を持っているのかいないのか、逃げるときはその場から随分離れたところまで彷徨い、いざとなるとヒメダテハゼなど他のハゼ類の巣穴に緊急避難することがある。

 下の写真はオトメハゼが暮らす巣穴まで避難してきたところ。

 どう考えても肩身が狭いはずなのに、ヒメクロイトハゼときたら……

 オトメハゼの巣穴の真上で、脱糞していた。

 巣穴借用にあたり、まったく気兼ねは無いらしい……。

 そんなヒメクロイトハゼの出現は、この年だけの特異な出来事かと思いきや、どういうわけだかその後ますます遭遇頻度が増している。

 わりと内湾を好むこのハゼが増えているということは、水納島の砂底がジワリジワリと砂泥底化している…ということの証左なのかもしれない。