水納島の魚たち

カメンタマガシラ

全長 20cm(写真は4cmほどの幼魚)

 2012年の8月下旬、お盆商戦が終わって「ホゥ…」と息をつく間もなく台風が襲来した。

 台風が去って再び海へ繰り出すことができたのは、月末30日のことだった。

 その日も翌日も台風後だけに海中はニゴニゴ状態だったのだけど、ようやくうねりがおさまってきた31日の午後に、台風後初めて岩場に行ってみた。

 きっと岩場も濁っているだろうとやや覚悟していたところ、これがあなた…

 クリア♪

 年に何度あるかというくらいの透明度ではないか。

 1本目の砂地ポイントのニゴニゴに比べれば、電波状態の悪いアナログ放送から一気に4K放送になってしまったかのごとき違いである。

 おまけに台風のせいで海底の礫が完全に洗われて真っ白になっているおかげで、本来なら砂地のポイントに比べて暗めになる岩場の海中が、まぶしいほどに明るい。

 あまりにも明るすぎたものだから、ついつい誘われるようにして深いところに行ってしまった。

 うーん、深くても明るい。

 するとその海底に、なにやら見慣れぬ魚が。

 どう観てもこれまで観たことがない魚だ。

 見た感じ何かの幼魚らしく、海底からさほど離れずにいるにもかかわらず、まるで光り輝いているように体のラインが目立っている。

 そのため遠めだったのにクッキリとその存在が浮き立っている。

 うーん、図鑑か何かで見たことがあるぞ、この魚。

 えーと、えーと……

 そうだ、カメンタマガシラだ!

 初遭遇。

 水深40mの海底で、それまで会ったことのなかった魚の幼魚を観て名前がすぐさま頭に浮かんだのだから、ワタシもまだまだ捨てたものではない (2012年当時…)。

 ただ、カメンタマガシラのチビだとわかったまでは良かったのだけど、まだ4cmほどのチビターレながら動きは素早く、行動範囲もけっこう広いため、そうやすやすと写真を撮らせてくれない。

 水深40mともなるとそこに滞在していられる時間はかなり限られ、おまけにその場でこんな魚に出会ってしまったものだから、たちまちカメンタマガシラは優先順位を下げられることとなってしまったのだった。

 結局「こんな魚」もろくに撮れず、二兎を追う者は一兎あらため一魚すら得られず。

 ああ、ひょっとしたらカメンタマガシラとの最初で最後の出会いかもしれなかったのに……。

 ところが。

 翌年(2013年)8月、同じポイントの同じような場所で、再び……

 カメンタマガシラ・ヤング!!

 前年に会った子(冒頭の写真)よりは気持ち大きかったのかもしれないけれど、1年経って成長がその程度とは思えないので、また別の個体なのだろう。

 それにしても、この時も記録に残せたのは↑これを含めて2枚のみ。

 7年も前のことなのでいったいなにがあったのかすっかり忘れてしまっているけれど、おそらく戦意喪失するほどにつれなくピューッと遠くまで逃げてしまったのだろう。

 それはさておきカメンタマガシラ、毎年こういう場所に来るといつでも会えるんだろうか。

 それとも今度こそ最後なんだろうか。

 …と思っていたら。

 そのさらに翌年(2014年)7月に、オタマサがなんと砂地のポイントで遭遇していた。

 この時撮影された他の写真を見ると、そばにソラスズメダイがいるし、死サンゴ石がゴロゴロしている。

 オタマサの記憶はアヤフヤながら、その背景からすると、随分浅いところにいたらしい…。

 なんだ、深場にのみ潜む神秘のタマガシラかと思いきや、こんなフツーの場所にもいるのか。

 …って、その後そういう場所でも深いところでも出会っていないカメンタマガシラ。

 思い起こせば2011年、2012年あたりは、旧我が家の屋根が吹っ飛び、渡久地港に避難させていたボートが転覆するほどに爆裂台風が相次いでいたんだったっけ。

 度重なる台風に翻弄され、様々な異色キャラたちが黒潮の本流からはずれ、水納島まで流されてきていたのかもしれないなぁ…。

 ということは。

 そろそろオトナと出会えるチャンスがあるかも?

 追記(2021年11月)

 オトナカメンにはいまだ会えていないものの、今年(2021年)9月、砂地のポイントのソラスズメダイが群れているような浅いところで(水深10mちょい)、カメンタマガシラ・チビターレと再会することができた。

 岩場のポイントの深いところに広がるガレ場に比べると好みの環境の範囲が限られているからか、チビターレはさほど遠くまで逃げ去ることはなく、逃げはしても狭い範囲を周回しているだけだったから、かなりじっくりお付き合いすることができた。

 このままこの場に長居してくれれば…という願いも虚しく、チビターレは10日後には姿を消してしまった。

 やはり砂地の浅い海底は、本来の生息環境ではないのだろう。

 チビターレがいた周辺には、そういう環境をこそ好む、近縁のフタスジタマガシラのチビの姿もチラホラ見えていた。

 そうそう観られるわけではないけれど、ふとしたはずみに登場するカメンタマガシラ・チビターレ。

 せっかくの千載一遇のチャンスにもかかわらず、フタスジタマガシラのチビだと勘違いしてスルーしてしまう…なんてことがないよう、くれぐれもご注意を。