水納島の魚たち

カサイダルマハゼ

全長 2cm

 パンダダルマハゼに似ているこのハゼ、パンダに比してカサイだなんてなんとも冴えない名前……

 …と思われるかもしれないけれど、このカサイとは火災でも家裁でも葛西でもなく、西表島の有名なスーパーガイドのお名前だ。

 パンダダルマハゼに似ているけれど、胸ビレが黒くない……

 ということに誰よりも早く彼が気付いてくれたおかげで、このハゼはこの世にデビューしたのである。

 和名は1994年に提唱されたから、その後続々と刊行された多数の魚種を掲載している図鑑群には、もれなくこの名前で登場している。

 ただし新種として記載されたのは2011年のことなので、それ以前に刊行され、以後改定されていない図鑑では、Paragobiodon sp. という学名表記になっているはず。

 その存在をダイバーが知るようになってから15年以上も経ってようやくつけられたカサイダルマハゼの学名は、

 Paragobiodon kasaii

 学名にしろ和名にしろ、生物分類学には貢献者・功労者に献名するという習慣が昔からあるのだけれど、このカサイダルマハゼやナカモトイロワケハゼ、そして古くはヤノダテハゼその他いろいろ、そのうち魚の名前がダイビングガイド名鑑になってしまいそうだ。

 それはともかくこのカサイダルマハゼは、前述のとおり、

 パンダダルマハゼに似ているけれど胸ビレだけは透明

 という、ゆるぎない特徴で知られている。

 ただし、チビターレの頃はすべてのヒレが透明だったりする。

 この子はすでに背ビレの先っちょがうっすら黒くなり始めているけれど、もっと小さい頃は無色透明のようだ。

 となると、それがはたしてカサイダルマハゼのチビターレなのかどうか、区別がつかないのでは??

 そんなあなたも心配御無用。

 このテのダルマハゼたちは、住処にするサンゴの種類がおおむね種ごとに異なっているのだ。

 アカネダルマハゼクロダルマハゼはトゲサンゴに、パンダダルマハゼやダルマハゼ、ヨゴレダルマハゼはハナヤサイサンゴ(の仲間の枝密集タイプ)に、そしてこのカサイダルマハゼは、ヘラジカハナヤサイサンゴ(の仲間)をもっぱらの住処にしている。

 ヘラジカハナヤサイサンゴ(の仲間)とは、こんなサンゴ。

 水納島ではリーフ上やリーフエッジ付近で多く観られるサンゴで、98年の大規模白化でリーフのサンゴが壊滅した際でも生き延びたものが多かったこともあって、ナンヨウハギのオトナが隠れ家にできるほどの大きな群体も数多い。

 ヘラジカの角のような太い枝と枝の隙間は、ハナヤサイサンゴ(の仲間の枝密集タイプ)に比べると随分広いから、枝間の奥に潜む魚たちを観やすいサンゴともいえる(ダンゴオコゼが見られるのも、このサンゴの枝間)。

 このタイプのサンゴに住んでいるダルマハゼの仲間ときたら、十中八九カサイダルマハゼだと思ってマチガイはない(十のうち一か二は違うかもしれない、ということだけど…)。

 そのカサイダルマハゼ、チビターレの頃は透明だった各ヒレは、成長とともに黒くなってくる。

 そしてオトナになると↓、胸ビレ以外の各ヒレはクッキリハッキリ濃くなる。

 こうなればもう、誰がどう見たってカサイダルマハゼだ。

 これで完了してくれれば何のモンダイもなかった。

 ところが困ったことに、中にはこういう色合いになっているオトナもいる。

 あれ?

 胸ビレも黒いのだからパンダダルマハゼなんじゃ??

 でもその胸ビレをとくとご覧あれ。

 どういうわけだか下側半分だけ濃くなっているのだ。

 透明部分が見えないため、胸ビレがチョコッとしかないように見える。

 なので前から観ると、なんだかやたらと可愛くなる。

 胸ビレも黒ければパンダダルマハゼ、透明だったらカサイダルマハゼ。

 では半分だけ黒いと何ダルマハゼ?

 そこで忘れちゃならないのが、住処のサンゴの種類だ。

 このハーフ&ハーフはヘラジカハナヤサイサンゴ(の仲間)に暮らしているから、「住処のサンゴで十中八九種類がわかる法則」に従えば、この子もまたカサイダルマハゼということになる。

 ネットで調べてみると、この胸ビレ下半分だけカサイは各地でチョコチョコ確認されているようで、おおむね「カサイダルマハゼ」認定されているようだ。

 ところでこの写真のハーフ&ハーフ、ちょこちょこ訪れるポイントのリーフエッジ付近で立派に育っているヘラジカハナヤサイサンゴに住んでいるのでゲストにご覧いただく機会も多く、我々も折に触れ観ることができていた。

 ところがある年の9月のこと、そのサンゴがこんなことになってしまった。

 リーフエッジから3mほど下の砂礫底に、基部の岩ごと落下。

 それ以前に無事を確認してからこの間までには台風の「タ」の字も来ていなかったから、爆烈波濤による被害というわけではなさそうだ。

 そのかわり本島から来る各業者のボートは、このあたりにもしょっちゅう停まっていた。

 おそらくはうすらトンカチ業者がこのあたりにアンカーを掛け、それを引き上げる際にうまく上がらず、ボートの力を借りて無理矢理上げたためにこうなってしまったのだろう。

 長年に渡って観察してきたハーフ&ハーフペアはどうなっちゃっただろう?

 覗いてみると……

 枝間の奥には、恐怖に青ざめた彼らの姿があった。

 まさに文字どおりの驚天動地、そりゃビビったろうなぁ…。

 ご存知のとおりこのテのサンゴは太陽光が届かないと生きていけないから、変な向きで転がったままだとやがて死んでしまう。

 なので、自然に手を加えるという意味ではちょっぴり不本意ながらも、原因が原因だけに、このサンゴを日当たりが良く流れがかからない場所に安置することにした。

 その後台風の襲来などで多少ゴロゴロしつつも、その都度元に戻していた甲斐あってか、その後3年経った2020年11月現在も、転落サンゴの枝間の奥にはハーフ&ハーフカサイダルマハゼペアが健気に暮らしている。