水納島の魚たち

キミオコゼ

全長 20cm

 れっきとしたミノカサゴ属の魚であるにもかかわらず、どうしてオコゼと名付けられたのだろう?

 …という疑問で春日三球と同じくらい夜も寝られなくなっちゃったヒトが、全国におそらく3200人くらいはいらっしゃるに違いない。

 その疑問については引き続き寝られない夜を過ごしていただくしかないけれど、今のようにカメラを手にしたダイバーがありとあらゆる画像を世界中で記録するようになる前は、このキミオコゼは「滅多に見られない魚」のひとつだった。

 というのも、彼らは日中ほとんど出歩かない夜の帝王で、日が高い時間帯は昼なお暗いリーフエッジ付近のオーバーハングの裏あたりで息をひそめて(あくまでも比喩です)ジッとしているだけなのだ。

 なにしろこういうところにいる(矢印の先に胸ビレが)。

 ネムリブカがいればネムリブカが主役になるし、ネムリブカがいなければ、その昔のダイバーは貴重な1本のダイビングでわざわざこんなところに時間をかけたりはしなかった。

 稀に訪れるとしてもせいぜいエキジット前の最終盤になる。

 するとフィルム時代だった当時、すでにその前に撮り切ってしまっていることが多いから、たとえそこでこのキミオコゼの姿を目撃したとしても画像記録を残すことはできず、本人の目撃談のみの追い風参考記録になってしまう。

 ネット社会以前の昔にそんな個人個人の目撃談が社会に流布されるはずはなく、キミオコゼは観ているヒトは観ているにもかかわらず、「滅多にいない魚」になっていたのだ。

 そのため初めてこのキミオコゼと出会ったときは、もう二度とない一期一会級だとばかりヨロコビ、ああフィルムの「E」のコマを残しておいてよかった……と海神様に感謝したものだった。

 ところが猫も杓子もカメラ片手にダイビングをする今の世の中では、かつて一部限定の特殊な世界だった変態社会が広く一般に認知されるようになって、人知れずヒッソリ暮らしてきたキミオコゼの姿も白日の下にさらされる機会が多くなった。

 ただしキミオコゼは、暗がりでジッとしているときは、ヒレをたたんでいることのほうが多い。

 キミオコゼがキミオコゼである最たる特徴は、その美しくエレガントに長く伸びる胸ビレの軟条にある。

 それをたたんでいると、まったく冴えないただのカサゴになってしまう。

 ところがひとたびヒレを広げるや……

 グッとキミオコゼっぽくなる。

 そのヒレ全開の姿を上から見ると……

 なんだかニュータイプ専用の、得体のしれない新型モビルスーツみたいになる(※個人の感想です)。

 一カ所に複数匹いることもよくあるので、彼らもまた初夏の日没近くになると、シアワセタイムを迎えているのかもしれない。

 今やすっかりフツーの魚になってしまったキミオコゼ。

 …といいつつ、彼らがフツーに観られるのは岩場のポイントで、カメラを携えて潜る時は砂地のポイントが多いこともあって、あまり撮る機会には恵まれない。

  まずは2匹一緒にいるところを撮るのを目標にしようっと……。

 追記(2020年6月)

 とりあえず2匹が一緒にいるところは確認。

 夕方になると、この2匹もラブラブになるんだろうか……。