水納島の魚たち

クロスジギンポ

全長 10cm

 クロスジギンポは、リーフ際から始まる死サンゴ礫混じりの砂底でよく観られる。

 たくさん転がっている小岩に開いた穴を隠れ家にしつつ、ヒロヒロパラパラとときおりホバリングしながらその周囲にいることが多い。

 ダイバーが近づくとその巣穴に逃げて、尾びれから入って顔だけ出し、心配そうに外を見ている。

 このようなかよわげな様子にダマされてはいけない。

 顔のそばに指や指示棒を持っていくと、クロスジギンポは突如として……

 牙剥く女豹に変身する。

 鋭く大きな牙を剥きだす様はなかなかに凶暴で、ちょっとやそっとのことじゃへこたれない強さの持ち主であることをうかがわせる。

 なんたってこの牙!!

 普段は穴に入っているよりも外に出て遊泳していることの方が多いから、全身を観る機会はしょっちゅうある。

 尾ビレの真ん中がピヨヨンと延びているのもクロスジギンポの特徴だ。

 でも伸びていない子もいる。

 確かなことは不明ながら、観ているとなんとなく、ビヨヨンと伸びているほうがオスで、伸びていないほうがメス、という気がする。

 途中で追記(2022年12月&2023年10月)

 上記のオスの印かもしれない尾ビレがビヨヨ〜ンとなっているエレガンテなタイプについて、今夏(2022年)気がついたことが。

 ふと思い至ってこれまで撮ったクロスジギンポの写真を見てみたところ、エレガンテなクロスジギンポを撮っているのは夏だけだったのだ。

 今年も春まではエレガンテに全然出会えなかったのに、初夏くらいからそこかしこでその姿を目にするようになってきた。

 なかには↑このようにものすごく尾ビレが長い、ベッラエレガンテタイプもいる。

 泳いでいるときはは、ヒラヒラピロピロしてとても優雅ではある。

 矢印のところが尾ビレの先で、身を翻すたびにこれがヒラヒラ舞うように動くのだ。

 でも尾ビレ側から巣穴に入るクロスジギンポにとっては、これほど尾ビレが長いと相当邪魔なような気が…。

 だからだろうか、不思議なことに↑この長い長い尾ビレは、そのたった数日後には、半分くらいの長さになってしまっていた。

 別の場所にいたエレガンテなど、翌日にピロピロがまったく無くなっていたこともあった。

 だからといって誰も彼もが同じようにピロピロしているわけではないから、おそらく雌雄もしくはその他の個体差ということなのだろう。

 これがもしオス(もしくはメス)の性徴であるとすると、このエレガンテな尾ビレは恋の成就演出用に欠かせない夏季限定ツール…ということなのかも。

 今年(2023年)も寒い寒い1月から春にかけてこのエレガンテタイプに注目してみたところ、やはり水温が低い季節には1匹も観ることはなかった。

 というか、エレガンテタイプどころかクロスジギンポ自体になかなか会えず、ようやく出会った子はノーマルタイプだった。

 ようやくエレガンテタイプに出会えたのは5月になってからのこと。

 姿が見えなかった冬場と違い、遠目でもそれとわかるくらいに動きが活発だったこの日のエレガンテは、スカテンをバックにポーズまでキメてくれた。

 こんな尾ビレをしているくせに、隠れ家に入る時はちゃんと尾ビレから入るエレガンテである。

 夏の間はコンスタントに出会っていたエレガンテタイプも、やがて秋が深まってから出会うクロスジギンポはみな、ノーマルタイプに。

 尾ビレの縁辺を観ると、夏にはブイブイ言わせていた名残りがあるように見えるのは気のせいか…。

 ともかくほぼ1年通して注目してこういう次第だから、やはりエレガンテタイプは梅雨時〜夏限定のスタイルなのだろう。

 途中追記終わり

 尾ビレの形状だけではなく、色味にも変化が見られることもある。

 穴に入っているときも泳いでいる時も基本的に白っぽい色のままのクロスジギンポなのに、かつて春先に観た穴の中のクロスジギンポは、こんな顔色になっていた。

 また、夏真っ盛りの日に、なぜだか真上を見上げた姿勢で一時停止状態になったクロスジギンポが、流れに身を任せながらプカーと浮いていたことがある。

 普段よりも色は薄くなっていて、見るからに変な様子だったけど、しばらくするとナニゴトも無かったように泳ぎ始めた。

 あいにく、その後体の色がどう変わったかの記憶が無い……。

 礫混じりの砂底にフツーにいるお馴染みさんだというのに、まったく知らないことだらけのクロスジギンポ。

 でもまぁ、何を知らずともこの顔を見りゃあ、それだけで充分……かもしれない。

 追記(2020年4月)

 昨年(2019年)1月、真冬ではあるけれどいいお天気なので潜ってみたところ、やけに大きなクロスジギンポがいた。

 若い個体が多いこともあって小柄なイメージがあるシーズン中とは違い、サイズ的にいかにもオトナといった雰囲気を醸し出している。

 そしてそのお腹は……

 この膨らんだ感じ、おそらく産卵前の卵を抱えているのだろう。

 クロスジギンポたちは、水温が低い時期が繁殖期なのだろうか。

 これが卵だとしたら、この子はメスってことになる。

 メスらしきこの子は尾ビレの中央が伸びていないとなると、先に触れたようにやはり尾ビレがピヨヨンと伸びているほうがオスってことか?

 近くにお相手のオスでもいるのかと思い、しばらくこのメスをストーキングしてみた。

 すると……

 ん?

 んん?

 あ、ウンコ………。

 ドリフのマタニティコントか!

 コント同様、膨らんだお腹はすべてウンコだったのかと焦りかけたところ、ウンコ後もよく観るとお腹は膨らんだまま。

 やっぱ、妊婦姿の志村けんとは違って、卵ですよね?

 ウンコ姿まで観られて嫌気がさしたのか、このあとメスはすぐにお気に入りのおうちに入っていった(巣穴には尾ビレから入ります)。

 付近にオスの姿は見当たらなかったけれど、このような巣穴の中で卵を産むのだろうか。

 それはきっとメスのおうちじゃなくて、オス特製のマタニティハウスなのだろう。

 巣穴に入った後、しばらく離れたところから観ていたところ、一向に出てくる気配はなかった。

 ひょっとして、オメデタ中はずっと巣穴にいるところ、ウンコの時だけ外に出てくるとか??

 ともかくも近いうちに訪れるであろう産卵に備え、準備万端のメスなのだった。

 …ということがあったので、クロスジギンポは冬の間に繁殖期を迎えているのか…と納得しかけていたところ。

 昨年(2019年)7月に、活発なクロスジギンポのメス(認定)がいた。

 同じ仲間のニセクロスジギンポは、イバラカンザシがたくさんいる場所ではイバラカンザシをつついていたり、イバラカンザシがさほどいないところでは他の魚にちょっかいを出したりして栄養補給に努めている。

 ではクロスジギンポはいったい何を食べているのだろう?

 この時会った活発なクロスジギンポが、そのヒントを与えてくれた。

 いつものようにピロピロクネクネと砂地の上をホバリング&移動していたこのクロスジギンポメス(認定)が、やおらナニモノかをロックオンするや、急速降下して何かをつつく動作を繰り返していたのだ。

 この認定メスはそこらじゅうでこうして何かをつついていたのだけど、写真のこの時はサンゴの表面についた、モジャモジャしているところをアタックしていた。

 いったい何を食べているんだろう?

 少なくとも他の魚のヒレやウロコを齧っているわけではないようだ。

 彼女がこうやって餌をゲットしているときに、ホンソメワケベラが何の気なしに近づいてきた。

 ホンソメとしては、クリーニングはいかがっすかぁ?てなものだったのだろう。

 しかしクロスジギンポときたら……

 「邪魔すんな、オラァ!!」的に、牙を剥きだしヒレ全開でホンソメを追い立ててしまった(興奮するとクロスジ模様に縞が入るらしい)。

 クロスジギンポ、なにげにやっかいな地雷の持ち主なのかも…。

 この燃える闘魂認定メスのそばに認定オスがいた。

 つかず離れず、どっちかというとついている感じでときおり両者が邂逅すると、このようにヒレを広げて意味ありげな動きをしていた。

 それが遠目に見えたので気になってそっと近寄ってみたところ、そのまま何かの行動に移るわけではなく、上記の一連の餌ゲット行動をしていた認定メス。

 ところが、やがて認定メスが認定オスのものらしき巣穴の近くまで来ると、再び謎の意味ありげ行動をしたかと思うと、認定メスは認定オスの巣穴に入っていった。

 上の認定オスの写真は、認定メスが巣穴に入っている間に外で気張っていたところを撮ったものだ。

 しばらくすると認定メスは巣穴から出て、もと居た場所に戻っていった。

 すると、それまでそばで気張っていた認定オスが、さきほどまで認定メスが入っていった巣穴に入り……

 中途半端に身を乗り出しながら、アヤシゲにクネクネしていた。

 この一連の動きって、ひょっとして……

 産卵&放精??

 入り口付近にも卵があるなら、写せるかも…と思い、何枚か撮ってみたけど穴の中は暗闇にしか撮れず。

 ああ、卵を確認したかった……。

 魚類生態学の神様桑村先生によると、クロスジギンポの産卵行動は夏に確認できるそうだから、これが産卵行動である可能性は高い。

 となると、1月に観たウンコブリブリマタニティはなんだったんだろう??