水納島の魚たち

オビテンスモドキ

全長 30cm(写真は2cmほどの幼魚)

 その昔、水納ビーチでいろんな魚をご覧になったお客さんから、

 「網タイツを穿いた大槻ケンヂのような魚は、なんという名前の魚ですか?」

 というご質問をいただいた。

 魚が網タイツを穿くわけはないし、なにをもって大槻ケンヂのようと思うかは「※個人の感想です」だから、50を過ぎてすっかりぼんやりしてしまった現在の我が豆腐脳では、おそらく一晩中考えても見当もつかないかもしれない。

 しかし当時のワタシはまだ30前後で灰色の脳細胞もずいぶん活気あふれていたからだろうか、お客さんのその表現を聞いて、すぐさま額の前にスパークが走った。

 その魚はひょっとしてこれでは?

 図鑑を開いてご覧いただいたところ、ビンゴ!

 その魚とは、これ。

 ご存知オビテンスモドキ。

 その体の模様は言われてみれば網タイツのよう、そして目を通るラインはまさしくひび割れメイク!

 どこからどう見ても「網タイツを穿いた大槻ケンヂ」だ(※個人の感想です)。

 それだけでも充分印象派のオビテンスモドキ。

 ああしかし。

 そのような目でオビテンスモドキのオトナに注目するのはまだ心がスレていない海水浴客なればこそで、沖縄でダイビングをしていればごくごくフツーに観られるオビテンスモドキのこと、経験本数が増えれば増えるほど心がネジくれるダイバーは、いつしかオビテンスモドキをスルーするようになる。

 もっとも、幼魚となると話は別だ。

 オビテンスモドキのオトナはオトナで注目するととっても面白い魚なのだけど、多くのダイバーにとってオビテンスモドキといえば、興味の対象は幼魚であろうと思われる。

 オビテンスモドキは英名でDragon Wrass(ドラゴンラス)と呼ばれるのは、この幼魚の形態に由来しているのだろうか。

 水納島の場合、2cm前後の極チビは上の写真のように赤っぽいものが多いのだけど、稀にこういう色味のものもいる。

 このサイズのチビターレは、秋頃にリーフ際のサンゴ礫転石ゾーンでチョロチョロと姿を見せ始めるものが多い。

 一方で、南洋から流れ着くのか、春に観られることもあるけれど数は少ない。

 いずれにせよ単独で暮らしていて、千切れた海藻が漂っているかのようにユラユラしつつ、その実しっかり能動的に泳いでいる。

 その特異なヒレの形といい泳ぎ方といい、印象派の名にしおうベラだ。

 ただしもちろんのこと時間が経てば成長するので、半年も経てば倍ほどのサイズになる。

 これくらい(4〜5cm)になると可愛さは減退するものの、千切れ藻のようにユラユラ泳ぐ様子は小さい頃のままだ。

 そのユラユラ泳ぎ、動画で見ると↓こんな感じ。

 ちなみに、上の動画のように2匹がバッタリ出会うような密度(?)で観られることは滅多にない。

 リーフ際で観られるこのサイズの幼魚はたいていこういう色をしているのだけれど、なかには赤味が強いまま大きくなっているものもいた。

 

 幼い頃には多少の色味の違いはあれど、このあとさらに成長すれば、ほぼ例外なく↓こういう色になる。

 頭の上の長い背ビレにはまだ幼魚の面影を残しつつも、色味はオトナに近くなってくる。

 さらに成長して10cm弱になると…

 幼魚の面影だった頭の上の背ビレが短くなってくる。

 この頃でもまだかろうじてしていたユラユラフラフラ泳ぎは、頭の上の背ビレがアンテナのように細くなる頃には…

 その色味と同じく、泳ぎっぷりも暮らしぶりもオトナに近くなる。

 背ビレの2本のピヨヨンは成長とともにさらに短くなって、体が10cm超になるとすっかりオトナっぽくなってくる(一連の写真は同一個体ではありません)。

 この時点ですでに、多くのダイバーが興味の対象外にしてしまうオビテンスモドキ。

 しかし前述のとおり、オトナはオトナでなかなか見どころも多い。

 オトナは30cm前後で、リーフ際のサンゴ礫転石ゾーンを泳いでいる。

 他の多くのベラ類と同じく初夏から夏の間が繁殖シーズンで、砂地のポイントなら船の係留用のブイを繋いでいる根があるあたりの中層で、ひとまわりほど大きなオスがメスを誘う動きをしていれば、そのあと盛り上がったメスがオスのもとへと行き、ペアでシュッと上昇して産卵をする。

 なのでシーズン中にはボートの下で安全停止をしている際など、遠目にはよく見かけるオビテンスモドキの産卵。

 ところがそばでカメラを構えると途中で止めてしまうから、なかなか記録に残させてくれない。

 間近で拝ませてはくれない「秘め事」とは逆に、エサを探すときはわりと近寄らせてくれる。

 オビテンスモドキはもっぱら礫底の石の下に潜む小動物をエサにしているらしく、食事をする際の彼らの視線は絶えず下を向いている。

 だからといって、エサとなる小動物が出てくるのをジッと待っているわけではない。

 鳴かないホトトギスを鳴くまで待つ徳川家康とは違い、出ないなら めくってしまえ サンゴ礫。

 サンゴ礫の下に潜む小動物をゲットするために、オビテンスモドキは石を次々にどけてしまうのだ。

 エビカニ大好きダイバーのように手を使って石を引っくり返せないオビテンスモドキは、どのようにして石をどかせてしまうのかというと……

 石に食らいつく。

 食らいつく。

 食らいつく。

 そして傍らに放り投げる。

 投げる。

 投げる。

 スルドイ歯でガシッと石をホールドし、体の力を使って傍らにホイサッと投げ飛ばすオビテンスモドキ。

 そして、石をめくられたことで泡を食って小動物が飛び出してきたら、すかさずそれをゲットする。

 この動きは、ヘナチョコ写真でご覧いただくよりも、動画を見ていただいた方が圧倒的にわかりやすい。

 まぁそれにしても、このオビテンスモドキのパワフルさときたら!

 足で踏ん張りながら手を使って石をめくれるわけじゃなし、重量比にすれば巨石と言っていい石を、宙に浮いた状態で口でくわえて放り投げているのだ。

 そのためには逆向きの大きな推進力が必要で、胸ビレ程度じゃ埒があかないから、オビテンスモドキは全身を使って推力を得ている模様。

 だから、大きな石をどかそうとしているオビテンスモドキの写真を撮ると、十中八九体が「く」の字に曲がっている。

 彼らはこの一連の作業を憑りつかれたようにやるものだから、似たような食性の魚たちが、おこぼれに与かろうとたくさん集まって来る。

 意外なことに、ツノダシまで興味津々だった…。

 ツノダシはともかく、オジサンやツマジロモンガラにだって自分で礫の下のエサを見つけ出す能力がある。

 にもかかわらずエサを探すオビテンスモドキのそばにいるのは、おこぼれ率が高いことを知って、すっかり味をしめたのだろう。

 ひとたび餌探しを始めたオビテンスモドキの執着心はものすごく、秘め事は秘密のベールに包もうとするくせに、食事の際はまさに一心不乱。

 そばにカメラを抱えたダイバーがいることになかなか気づかないほどだ。

 ふと我に返ると……

 その場に未練を残しつつ、慌てて逃げることもある(未練がある場合は、ワタシがその場を離れると、また戻ってくることもある)。

 この石をひっぺがえしながらの食事は、一説にはオスがメスに対し、自分がいつでもエサを探せる力持ちであることをアピールするためにやっている……とも言われている。

 たしかにそういうふうに見えるときもありはするものの、多くの場合オビテンスモドキは、オスメスにかかわらず、単独でいるときでもフツーにやっている。

 傍に他のオビテンスモドキはおらず、遠くの物陰からジッとその様子を観ている誰かがいるようにも見えないところをみると、どうやら純粋にエサを探すためでも同じことをしているようだ。

 追記(2021年7月)

 普段は単独でエサを探しているオビテンスモドキたちなんだけど、繁殖時期の到来で盛り上がっている時はいささか様子が違っていた。

 梅雨時のこと、リーフ際の死サンゴ石が多数転がるゾーンに、オビテンスモドキたちが集まっていた。

 多いとはいってもけっして群れることも集合することもない普段のオビテンスモドキだから、狭い範囲に5〜6匹が集まっていたら、それだけで異様な風景だ。

 その集まりの中のボスらしきオスもまた、背中付近に白斑が並ぶなど、普段とは色味が異なって見えた。

 これはやはり繁殖行動の一環で、オスは興奮色ということだろうか。

 興奮モードらしきオスはときおりそれぞれのメスたちのもとに来ては、思わせぶりなアピールをしているのだけれど、基本的には食事中のようだ。

 ただその得意の石めくりの際には、メスに対して己の力自慢をしているフシが見え、メスの前で石をめくったあとのオスは、どう見てもドヤ顔だ。

 なるほど、繁殖行動の一環として盛り上がっている時にこそ、オスはこうしてメスの前で力自慢をするわけか…。