水納島の魚たち

オジサン

全長 25cm

 この魚を初めて見た方に

 「この魚はオジサンです」

 といっても、たいていの人は冗談だと思ってしまう。

 それはそうだろう。誰が聞いたってまさかこの名が本当の和名、すなわち図鑑に載っている名前であるとは、にわかには信じがたい。

 そういう場合は、

 「ほら、顎の下に2本ヒゲがあるでしょ、だからオジサン」

 というと、妙に納得してくれたりする。

 このヒゲをヤギのヒゲに見立てたのだろう、英名ではヒメジ類のことをゴートフィッシュと呼ぶ。

 このヒゲは単なる飾りではなく、我々人間の舌同様味を感じる器官だそうで(けっこう固い)、リーフ際のガレ場にいることが多い彼らオジサンたちは、これを石の下や砂の中で素早く動かしながら餌の在処を探っている。

 石の下や砂中に隠れた小動物を素早くサーチしながらゲットするため、その動きはけっこうアクティブで、荒々しく砂煙を上げるほど。

 けっこう激しく餌探しをするものだから、おこぼれに与かろうとしてベラたちがオジサンについてまわることもある。

 幼魚や若魚の頃は10匹くらいで群れることもあるオジサンは、オトナになると普段は1〜2匹でいることが多い。

 でも時にはチームプレイで餌探しをすることもある。

 こうして方々から攻め立てられれば、石の下に潜むエビカニといえどもひとたまりもないだろう。

 また、スズメダイ類の幼魚たちがたくさん群れているときなどは、小魚を捕食すべく中層を泳いでいることもある。

 ところで、普段のオジサンは黄色っぽいクリーム色をしているのだけれど、活発に餌を探しているときなどやや興奮状態になると赤く色づく。

 また、クリーナーフィッシュに身を任せている時はさらに赤くなる。

 

 赤くなったオジサン、というのもなんだか変な感じだ。

 しかしこのほかにも、若いオジサンとか気持ちいいオジサン、恋するオジサンなど、その時の状態を形容すると、ことごとく変になってしまう。

 ちなみに幼いオジサンはこんな感じ。

 「幼いオジサン」って…。

 さらにそのうえ「がんばるオジサン」というのもある。

 当店ゲストなら、水納島にこの名のポイントがあることをご存知の方も多いだろう。

 けっして40代50代のダイバーがそこで100mダッシュをさせられているわけではなく、もちろん魚のオジサンが頑張っているのである。

 夏場ともなれば様々な魚が恋のシーズンを迎えるなか、オジサンもまた例外ではなく、夕方にはそこかしこでオスがメスに猛烈にアタックしている。

 しょぼい写真で申し訳ない。

 妙な色になってヒレを広げているほうがオスで、体を紫色に変え、普段では考えられないほどに縦横無尽に激しく泳ぎ回りながらメスにしつこくつきまとってアピールしまくる。

 普段のオジサンは底にいることが多く、このように中層を泳ぐのは小魚の群れに襲い掛かるときくらいなんだけど、興奮モードの時ばかりは別の魚になったかのごとく泳ぎ倒し、オスの誘いに乗って盛り上がったメスと中層でペア産卵する。

 その一連の様子を、生態写真家としても名高い水中写真家の大方洋二さんが、まだ20世紀だったその昔、まさにこの場所にて目の当たりにされ、エキジット後うれしそうにつぶやかれた。

 「オジサン頑張ってたねえ」

 その一言で、当時まだ付けていなかったこのポイントの名前が決定したのだった。

 オジサンはどこにでもいるし産卵もまぁどこでも見られるのに、なぜこのポイントだけ特別にこのような名が付いているのか、という理由がここにある。

 もっとも、それだったらいっそのこと

 がんばる大方さん

 っていうポイント名にすれば良かった??

 ちなみにその後、このポイント名を自らのハンドルネームにしてしまった方もいらっしゃる…。

 追記(2020年7月)

 このように繁殖期にオスが頑張るオジサン化することによって繁殖しているオジサンたち。

 毎年梅雨時くらいになると、オジサンたちが頑張った成果が、5cm前後のチビチビオジサンとしてリーフ際の死サンゴ転石ゾーンあたりのそこらじゅうに姿を現す。

 その様子は、ゴンズイ玉ならぬ「オジサン玉」状態だ。

 オジサン玉は、エサを探すときも団体行動。

 2019年はこのチビチビオジサンたちがやたらと多く、場所によっては本家ゴンズイ玉を上回る個体数が密集していることも多々あった。

 「玉」の本家ゴンズイたちは、聞くところによると「玉」のメンバーはみな兄弟で、兄弟特有の誘引物質によって仲間認識し、玉になっているらしい。

 なので無理矢理別々の玉をひとつにまとめ上げても、再び元通りに2つの玉に分かれてしまうのだ。

 それに対しこのチビチビオジサンたちは、おそらく兄弟というわけではないだろうし、誘引物質でまとまっているわけでもなさそう。

 ということは、彼らは目視によって仲間を認識しているってことなのだろうか。

 追記(2022年12月)

 グループで行動しているのはチビチビだけではなく、オトナもときにチームでハンティングを行うオジサンたち。

 上の写真でオジサンが赤味がかっているのは、エサ探しに我を忘れるほど夢中になっているからなのだろう。

 そのエサ探し、砂底面積が広いところだとヒゲを使って砂中の小動物を探るオジサンたちながら、死サンゴ石が海底を覆うくらい転がっている場所だと、石の下に潜んでいるものを探す傾向にある。

 とはいえ石の下に潜む小動物たちもサバイバーなので、襲われかけた場合に備え、逃げ道はいくらでも用意してある。

 そこで…

 オジサン包囲網。

 これ、ご存知ない方は、画像の瞬間がたまたまこうなっているんだろうと高をくくられるかもしれない。

 でもこれはかなり統制の撮れた動きで、ふた周りほど大きい個体がリーダーとなり、全員で同じ石をサーチする際に、しっかり包囲態勢を整えた配置になるのだ。

 その配置につく様子があまりにも見事だったから、動画でも撮ってみた。

 こういうハンティングを繰り返すうちに、追われた小動物が反対側から出てくることを経験的に学習したうえでの総員配置なのかもしれないけれど、まるで熟練の戦闘小隊のような動きに思わず見惚れてしまった。

 これぞまさにがんばるオジサン。

 追記(2023年6月)

 通常営業を終了したおかげで、サンセットダイビングができる環境を取り戻した我々。

 だからといって、種類によっては毎日毎日観られるわけではないものもいるけれど、オジサンだけは夕方になるといつも頑張っている。

 その頑張る様子を動画で撮ってみた。

 これは傘下のメスに対するアピールで、これだけでも普段の様子とは随分異なる。

 そしてだんだん気分が盛り上がってくると…

 それぞれのメス1匹1匹とペアになって、2匹で上層に向かって泳ぎ、産卵・放精する。

 夕刻の海はオジサンたちの歓喜に満ちているのだった。