水納島の魚たち

オヤビッチャ

全長 10cm

 生き物の名前には、とかく不可思議なものが多い。

 このオヤビッチャもそのひとつ。

 沖縄でダイビングをしているヒトでこの魚を知らなかったら、それこそモグリといわれても仕方がないってくらいに普通に見られるスズメダイだから、ダイバーでその名を知らないヒトのほうが珍しいくらい。

 リーフ際から少し離れた中層で多数群れているから、ビーチエントリーやリーフ際にボートを停めた場合には、必ず目にすることになる。

 それほど有名な魚ではあるけれど、ではなぜオヤビッチャなどというヘンテコリンな名前がついているのかということについては、あまり知られてはいない。

 ……などとえらそうにこんなことを書いているワタシ自身も、この稿を準備するまであまり気に留めていなかった。

 ふと気になったのでちょこっと調べてみると、なんとオヤビッチャというのは沖縄の方言に由来しているらしい。

 綾(アヤ)が走る、つまりきめ細かい模様が描かれている様子か、もしくはオヤビッチャが群れなしていっせいに泳ぐ様のことなのか、とにかくそれをウチナーグチでは「あやびっち」というのだそうだ。

 49へぇ〜。< 死語。

 もっとも、いろいろ調べた中には、

 「親になってもチビッちゃいからオヤビッチャという」

 なんて本気で書いてあるものもあったので、このあやびっち由来説も、どこまで本当かはわからない。

 そんな名の由来はともかく、オヤビッチャはその暮らしぶりも興味深く、集団卵保育場もそのひとつ。

 何十匹ものオヤビッチャがリーフの壁沿いやリーフ際の根の岩肌といった特定の場所を産卵床にし、オスがそれぞれの産卵床を守る。

 いわばオヤビッチャの保卵場だ。

 毎年シーズンになるとオヤビッチャたちが必ず卵を産みつける岩がある。

 クロワッサンではそれを「オヤビッチャ岩」と呼んでいる。

 水温が高い季節は何度も何度も産卵を繰り返すから、卵が産みつけられているのを目にする機会は数多い。

 集団で産卵、卵保育をする場所ではあるものの、それぞれの産卵床は個人所有で、キープしている場所にオスがメスを誘い、産卵・受精を行う。

 産みたての卵は赤〜紫色で美しい。

 岩肌の窪んだ部分の赤紫に見える部分が全部卵。

 産卵後の母ちゃんは次の産卵に備えて栄養を補給するため、ママ友たちが集団になっていつも中層で食事中だ。

 ここで卵の世話をしつつ守っているのは、すべてパパ。

 それぞれの産卵床で、卵をしっかりケアしている。

 かいがいしいその様子は↓こちら。

 本来もっと滑らかだったはずの岩(死サンゴ)の表面が産卵床のサイズごとにクレーナー状に窪んでいるのは、産卵床の整備や、卵保育中の期間のオヤビッチャパパのこのような動きが長年積み重ねられたことによって造形されたのではないかと思われる。&

 卵は栄養たっぷりのご馳走なので、それを狙う魚は数多く、放っておいたらたちまち岩肌の卵は食べ尽くされてしまうことだろう。

 だからオヤビッチャパパたちは、他の魚たちが卵に近寄らないよう、産卵床の上で懸命に卵をガードしている。

 卵を保育中のパパは、興奮モードがピークに達していることもあり、その場合は普段の体色とはまったく違う濃い色になっている。

 多くの魚では、体色がこのように別バージョンの興奮モードになるのは、メスを誘って産卵を促すとき、というのが定番。

 ところがオヤビッチャの場合は、メスに産卵させているときよりも卵を守っている時の方が、この色になっていることが多いような気がする。

 恋よりも育児。

 究極のイクメンなのだ。

 ただ、ここまで戦闘的になっているパパではあるけれど、ミツボシクロスズメダイほどの無鉄砲さはない。

 そのため自分よりも何百倍も大きなダイバーが近寄ると、パパはその場をあっさり放棄してしまい、遠目から心配そうにこちらをうかがうだけになる。

 すると卵を狙う魚たちはその隙を狙い、これ幸いとばかりに、まるでハイエナのように卵を貪り食う。

 集まっている魚の種類を見れば、どいつもこいつもスノーケリングで餌付けられているものばかりだ。

 餌付けされている魚たちは人を恐れないから、平気でダイバーのそばにやってくる。

 ようするに、こうしてチョウチョウウオたちが卵食べ放題状態になっているのは、そばにワタシがいるせい。

 なのでオヤビッチャパパが動きやすくなるように1〜2mほど下がってみると……

 パパ大活躍。

 しかし中にはツワモノもいて、パパたちが寄ってたかって追い払おうとしても、盗人猛々しいというかなんというか、強情にその場を離れず卵を貪ろうとする魚もいる。

 こうして大事に保育された卵がやがて孵化し、水温が上がり始める梅雨時になると、桟橋脇のボートを停めている周りで、チビたちの姿が多数見られるようになる。

 このように、オヤビッチャは美しいうえにけっこう見所たくさん。

 なのに経験本数が増えれば増えるほど、ダイバーに無視される傾向にある。

 「普通種」という位置づけが邪魔しているのかなんなのか、初心者以外でカメラを向ける人は少ない。

 集団で卵を保育している様子や、群れなして泳いでいる姿など、ワタシはいつでも写真に撮りたいと思うのだけれどなぁ(そのわりにはなかなかちゃんと撮れない)。