水納島の魚たち

サビウツボ

全長 50cm

 岩場や底砂が黒っぽい地域では、体色が鉄サビ色になるためこの名があるのだろう。

 そのような味気ない名前よりも、「バケラッタ」という名前にしてあげたい。

 なにしろこんな顔なんだもの。

 ゲストに海中でこのウツボをご案内する際は、「バケラッタ」とスレートに書いて紹介している。

 サビウツボという本名は当然ご存知であろうという前提でそうしているわけだけど、ひょっとすると中には「バケラッタ」という和名だと信じている方がいらっしゃるかもしれない…。

 にらめっこをすると負けてしまいそうなこのバケラッタ君ではあるけれど、ウツボらしく口を開けるとこうなる。

 それでもやっぱりバケラッタ? 

 それにしても、なんでこんなに変な顔に思えるのだろうかと考えてみたところ、それは彼の黒目の周りの色が真っ白だからだとわかった。

 ウツボの仲間の中で、黒目の周りが真っ白なのは、ワタシが知る限りこのサビウツボだけなのだ。

 しかも黒目の部分は周りの明るさによるのかサイズが変化し、時には目が点状態になっているものもいる。

 こんな目をしているウツボ、いや、魚はほかにいない。

 太さはせいぜいかっぱ巻き程度の小柄な体だから、見るからに温厚そうだ。

 しかし何を隠そう、ワタシはこのバケラッタ君に噛まれたことがある。

 ある流れの強い日のこと、ゲストは共生ハゼをじっくり撮りたいという方お1人。

 じっくり撮るけどセルフだと不安なので「お願い傍でジッと待っていて…」なんて言われたもんだから、ハゼを相手に一歩も動かずジッとしているゲストを、近くでそっと見守っていた。

 そのゲストが妙齢の見目麗しき女性であればともかく、当店ではたいていの場合そうであるようにこの日もやはりおっさんゲストだったので、やるせない思いを抱きつつ、それでいて流れが強いから、小岩にちょっとつかまりながら、手持無沙汰のまま流れに耐えてゲストのそばにいた。

 そして、何の変哲もない小さな岩だったから手元はあまり気にせずゲストの様子を観ていたところ、突如岩を掴んでいる手をグイッと引っ張られた。

 他に誰もいないところにあり得るはずのない力が加わったから、かなりビックリした。

 いったいぜんたい、誰がワタシの手を引っ張るのだ?

 手元を見たら、さらに驚くべき事態が待っていた。

 なんと、ワタシの小指にバケラッタ君がガブリと噛みつき、グイッと引っ張っているではないか。

 とっさにワタシはムツゴロウ化した。

 おお、よしよし、チャトランチャトランと猫なで声を発し、噛みついているバケラッタのほうへさらに手を押し出したところ、バケラッタ君は口を離し、やや勝ち誇ったような顔をしつつ小岩の下に隠れていった。

 どうやら知らないうちに、彼の最終防衛ラインの内側まで手を差し挟んでしまっていたらしい。

 彼としても咄嗟のことにビックリし、まずは一発、ということで噛みついてきたのだろう。

 その後1週間ほど、ワタシの小指には点線で書かれた小さなV字マークが残っていた。

 とっさにムツゴロウ化せずに慌てて手を引いていたら、彫りの深いV字マークが一生残ることになっていたかもしれない…。

 バケラッタ顔だからといって、尊厳を踏みにじってはいけないのであった。

 そんな、ある意味ウツボらしい攻撃性を示す一面もあるサビウツボではあるけれど、他の魚たちに対してはいささか分が悪いようだ。

 サビウツボは、日中でも隠れ家を求めて海底をウロウロしていることがたまにある。

 そんなとき目ざとくその姿を見つけた底もの漁り系の魚たちに、しつこくまとわりつかれる様子をよく目にするのだ。

 すぐさま逃げ込める隠れ家にたどり着ければいいけれど、体を隠せそうにない場合、そこから再び立ち去ると…

 やはりしつこく付きまとわれるサビウツボ。

 あまりにしつこいので彼も反撃を試みはするものの…

 相手はワタシの小指ほど生易しくはない。

 仕方なくスタコラサッサと逃げを決めこむバケラッタ。

 この水道管の下が、はたして安住の地になっただろうか?

 こうして他の魚たちにいじめられている姿はちょくちょく目にする。

 それを踏まえて彼らを観てみると……

 観ている者に対し、

 「いじめる?」

 と問いかけているように見えなくもないのだった。

 追記(2023年11月)

 「いじめる?」と問いかけているようには見えても、ウツボはやっぱり肉食系、こんな顔をしながらフツーに獲物をゲットしているに違いない。

 そんなゲットの瞬間は観られずとも、彼らが肉食系であることがわかる様子は観ることができる。

 ウツボ使い棒(指示棒)を砂中に潜む獲物と勘違いしたサビウツボ。

 ひとたび獲物と見るや身を乗り出してくる様は、どこからみてもプレデターなのだった。