水納島の魚たち

シリウスベニハゼ

全長 25mm

 初めてこの小さなハゼと出会ったのは、今世紀初頭のことだった。

 ゲストをご案内中のことで、フィルムカメラの一眼レフ装備のゲストだったので、これ幸いとばかりに無理矢理お願いして撮っていただいた(デジカメとは違い、枚数限定のフィルムなのに自分の趣向で撮ってもらうのは大変心苦しい)。

 後日写真を送ってもらえたので調べてみたところ、当時世に出ていた図鑑にはまったく掲載されておらず、とりあえず初遭遇のハゼということはわかったものの、正体不明のままになってしまっていた。

 再会の機会はその2年後、2004年の春に訪れた。

 初めて会った場所とは違うところながら、水深はほぼ同じ30m弱くらいで、おすわりしているセントバーナードほどの大きさの、被覆状サンゴやその他付着生物がついている地味な岩に、肉眼では地味にしか見えない彼の姿があった。

 ただしオキナワベニハゼやオオメハゼと同じく、小さい岩とはいえマイナス斜度になっている岩肌にいるから、冒頭の写真のような角度で見えることになる。

 そうやってたたずむ姿やいる場所などはオキナワベニハゼとよく似ているものの、一度海中で見比べたことがある目には違いがハッキリわかる。

 再会するまでの2年の間に、世の中には「ハゼガイドブック」なる変態社会本が出ていて、その図鑑には「ベニハゼ属の一種」としてこのハゼもちゃんと載っていた。

 そしてさらにその後刊行された吉野雄輔氏の「日本の海水魚」初版では、

 アカテンベニハゼ

 という名で写真とともに掲載されていた。

 ところが初版第1刷にして最初から「正誤表」が当該ページに挟まれており、それによって正されていた名前こそが

 シリウスベニハゼ

 なのだった。

 ↑こういう模様をしているのだから、名は体を表すという意味ではアカテンのほうがわかりやすい。

 しかしこうしてストロボを当てて撮るとそれなりに美しく見えても、肉眼ではとても地味に見える小さなハゼを指さし、「アカテンベニハゼ」とお伝えしても、おそらくは「ふ〜ん……」で終わる方のほうが多いはず(※当店ゲスト比)。

 その点「シリウス」なんていったら圧倒的にロマンチック。

 スレートに書かれている名前が「シリウスベニハゼ」なんてことになると、50過ぎのオッサンだって思わず「おっ??」と身を乗り出すことになる。

 その名が注目度をアップさせている稀有な例といえよう(何がシリウスなのか、点模様が実はおおいぬ座になっているのか、は不明…)。

 そんなロマン派のシリウスベニハゼは、長い間和名がついていなかった=多くのダイバーが知るところの魚ではなかった=あまりヒトが寄らないところにいる、ということなのだろうか、水納島では大きな根の岩肌で彼らに出会うことはなく、やや深い砂地に点在する小さな小さな岩が好みの住まいらしい。

 オキナワベニハゼやタテジマヘビギンポなど、同じようなところにいてブイブイいわしている魚たちがそばにいると煩わしいのかもしれない(彼らがいるところには他にタテジマヘビギンポもいるけれど、彼らはたいてい岩の半ばより上にいる)。

 小さな岩なので、撮る側の位置を変えれば、彼らの背後が海の青になるように撮るのも難しくない。

 実はこの稿に掲載しているシリウスベニハゼの写真は、撮影年月は違えどすべて同じ場所で撮ったもので、再会を果たすことができた2004年以来、その後今(2020年5月)に至るまで、ずーっと同じ場所で同じように居続けてくれているシリウスベニハゼ。

 岩の半ばくらいの高さのところに1匹、根元のほうに1匹、計2匹がいつもいるのだ。

 おそらくはペアなのだろうけど、まさか2004年当時から同一個体というわけではあるまい。

 にもかかわらず相も変わらずペアが観られるこの小さな岩、なにげにシリウスベニハゼにとって類稀なる最適環境なのだろうか。

 おかげで、水納島でも世間的にも「どこでも会えるハゼ」というわけじゃないのに、会おうと思えばいつでも会えるものだから、ワタシにはレア度的にフツーのハゼ扱いをされている彼らである。

 2匹いるうち、岩の半ばほどの高さにいる子のほうが写真を撮らせてもらう分にはお利口さんで、ジワジワゆっくり近寄るとけっこう接近させてくれる(冒頭の写真)。

 ちなみに、ここに掲載している写真はすべて、実際とは天地を逆向きにしてあります。

 同じように近づいてみても、根元近くにいる子はお利口さんとは違い、チョコマカと逃げ隠れする↓。

 ペアで観られるハゼ類では、ビビリで逃げ足が早い方がオス、という例がよくある。

 両者には見た目に明らかな差異が見当たらない(ワタシの目には)この2匹がペアだとすると、この根元側にいる子がオスなんだろうか。

 おそらくはシリウスベニハゼもオキナワベニハゼと同じく双方向に性転換するのだろう。

 その場合、性によって性格まで「転換」するのだろうか。

 今年(2020年)観られるシリウスベニハゼに限らず、これまで観てきた彼らは、同じように暮らしているオキナワベニハゼやオオメハゼに比べると、漂ってくるエサをゲットする頻度が随分少ない気がする。

 なので近寄らせてくれるのはありがたいものの、そこからの動きがほとんどないという、アクション的にやや地味なシリウスベニハゼ。

 おまけにヒレまで閉じちゃったら↑、ますます地味地味ジミーになってしまう。

 でも観ているとヒレは時々広げてくれるし、ずっと待っていると……

 アクビもしてくれる。

 もっとも、オキナワベニハゼやオオメハゼに比べると彼らがいる場所は深いので、アクビをしてくれるまで待っていると、その間にどんどんどんどん空気は減っていくし、血液中の窒素は溜まっていくことになる。

 アクビ見たさに還らぬヒトにになってしまったら、文字どおり浮かばれないので、どうかお気をつけくださいませ。

 追記(2023年1月)

 長らく居続けてくれたシリウスベニハゼは、現在姿を消しています。