水納島の魚たち

タテジマキンチャクダイ

全長 35cm

 タテジマキンチャクダイ、とフルネームで呼ばれることは少なく、ダイバーにはたいてい「タテキン」と略される。

 英名は「エンペラーエンゼルフィッシュ」という。

 漢字にすると「皇帝天使魚」。

 香港のB級映画のようだけど、海の中でよく見てみると、たしかにゆったり泳いでいるときには貫禄があり、エンペラーの名にふさわしい存在感がある。

 ただ、警戒して岩陰に隠れたとき、穴の中からこちらをうかがう顔はどう見ても……

 サングラスをかけた気弱な不良なのだった。

 しかもそのうえ、ガツッガツッガツッと顎を鳴らし、 怒っているんだぞ!ということを態度と音で表す。

 この顎を鳴らす音はけっこう大きく、知らなければ海中でナニゴトが起こっているのかと不安になるかもしれない。

 タテジマキンチャクダイといえば、本島のビーチエントリーポイントばかり潜っていた学生の頃の我々にとっては、「中モノ」にランクされる魚だった。

 中モノとはすなわち、マダラトビエイや光り物の群れ、ナポレオンやウミガメほどの「大モノ」ではないけれど、それなりに見られたらうれしい、という魚のことである。

 つまりそれほど数多くいたわけではなかった。

 その点水納島のリーフ際にはこのタテジマキンチャクダイは、不思議なほどに多い。

 島で潜るようになってしばらくの頃は、こんな浅いところにいるものなのか、と拍子抜けするくらいにたくさんいた。

 その当時は成魚のサイズも大きかったし、夕方近くに3匹で泳いでいる姿を目にすることもざらだった。

 ところが近年は、目にする成魚はたいてい小さく、かつてのようにたくさんいる、という感じでもない。

 どうしちゃったのだろう、タテキン…。

 ところで、このタテジマキンチャクダイに限らずPomacanthus属の魚は幼魚と成魚の模様が著しく違うことでも有名で、幼魚も成魚に劣らず人気者である。

 親指の爪くらいの小さな頃から根につき始めるタテキンベビーは↓こんな感じ。

 成長して3cmくらいになると、この白い線が増えてくる。 

 その柄から、「渦巻き」というニックネームもある幼魚。

 何も予備知識がなかったら、とてもじゃないけどこの幼魚を見て同じ種類とは認識できない。

 でも わりと育ったベビー模様の↓この子が…

 3ヵ月経つと……

 背中側が黄色くなってきて、さらにここから3か月経つと……

 ↑こうなっているのを目の当たりにしてしまえば、もはや疑う余地はまったくない。

 この成幼の模様の違いについては、オトナの縄張りに子供が侵入しても迫害を受けないため、というもっともらしい説明もあるようながら、水納島では成魚と幼魚はもともと住み分けている。

 幼魚はリーフ際などでは見られず、わりと深めの砂地の根に単独で生活している。

 そういう根には小魚がたくさん群れているほか、根の社会の公序良俗安寧秩序を日々守る(でもときおり小魚はみかじめ料としていただく)大型のハタが君臨している。

 そんな根のボスに対して、小さなタテキンベビーは平身低頭……

 …かと思いきや、オトナのユカタハタに対し、なにを勘違いしているのか、オラオラオラとばかりに果敢にケンカを売っていることもある。

 オトナにケンカを売るくらいだから、若いユカタハタとなるとなめてかかるタテキンベビーは、やたらとエラソーにしている。

 しかしダイバー相手にはビビリのユカタハタチビも、さすがボスの子、タテキンに対しては一歩も引かず、子供同士の可愛いケンカが繰り広げられる。

 タテキンベビーが1人きりで健気に逞しく暮らしているこのような砂地の根に成魚がいることはまずない……

 ……とこれまでは言えたのだけど、近年は水深20m前後の根でもたまに観られるようになっている。

 砂底にポツンとたたずむサンゴの下では、昔じゃ考えられなかった相手とのツーショットも観られたりする。

 理由は定かならないけれど、ひょっとすると、これまではリーフ際の岩肌に豊富にあったカイメンなど付着生物が減少してしまい、それらを好物にしているタテキンは、エサを求めて深いところにまで来ているのかもしれない。

 幼魚は幼魚で、ひところに比べると随分出会う頻度が減ってしまった。

 かつては砂地のどのポイントに行っても、少なくとも1匹は観ることができたほどだったのに。

 観賞目的の業者による捕獲圧がかかっているのだろうか…。

 追記(2019年12月)

 なかなか出会えなくなってしまったので気を揉んでいたところ、昨年くらいからタテキンベビーをチラホラ目にする機会が増えてきた。

 とりあえずホッとしている今日この頃。

 追記(2020年6月)

 タテキンベビーを目にする機会が増えてきたおかげで、これまで観たことがなかったシーンに出会えた。

 とある深めの根にいた4cmほどのタテキンベビー。

 こちら側だけ見るとフツーのタテキンベビーなんだけど、左側を向くと……

 ありゃりゃ、のまんじゅう!!

 渦巻き模様といいつつ最も内側の輪は閉じられた円であることが多いタテキンベビーなのに、このチビは「の」の字になっている。

 模様の変異なんてそんなに珍しいことではないのかもしれないけれど、「違和感」を覚えたくらいだから、「の」には頻繁に出会えるわけではないはず。

 面白いのでずっと観ていたところ、このタテキンベビーあらため「の」字キンベビー、そばに寄って来る魚に対し、クリーニングもしていた。

 これだけだと中層から逃げてきたアカモンガラがたまたまそばに…という状況に見えなくもない。

 でもアカモンガラは「の」字キンに対して完全にクリーニング要求のポーズをしており、その身を委ねていたところを見ても、アカモンガラ自身がタテキンベビーを「クリーナー」認定している様子がうかがえる。

 よく見るとアカモンガラの体表に、白いポッチリがついている。

 「の」字キンベビーの目はそのポッチリに釘付けのようだ。

 岩に付着するカイメンなどを剥ぎ取って食べるタテキンの口がクリーニングに適しているのかどうかは知らないけれど、モンガラ類の体表なんていったら岩肌のようなものだから、アカモンガラにとってみればちょうどいい感じなのかも。

 ホンソメワケベラなど本職クリーナー以外でもベラ類ならわりとフツーに見られるクリーニング行動は、他の魚種でも(本人はどう思っているかどうかは別として)観られることがある。

 とはいえ、タテキンベビーのクリーニング行動なんて初めて観たかも。

 なのでさらに観ていると、この「の」字キンが行動範囲にしている限られた範囲内に、さらにもう1匹タテキンベビーの姿があった。

 その模様の線の少なさからして、相当小さいベビーであることがわかる。

 このタテキンベビー、どれくらい「の」字キンベビーと近いところにいるかというと……

 近ッ!!

 縄張り意識が強く、根のボス・ユカタハタに対してさえ無謀にもケンカを売るタテキンベビーながら、同種同士ならかなり寛容らしい。

 それにしても、「の」字模様にクリーニングにダブル……

 絶滅しちゃったのかも……と激減を嘆いていた頃からすれば、夢のようなシーンを立て続けに披露してくれた渦巻きブラザースなのだった。