写真・文/植田正恵

102.屋根が飛んだ日・2
月刊アクアネット2011年11月号

 

 5月に2個、6月に1個、そして7月の連休にも1個と、発生するたびに沖縄にやってくる今年の台風は、やはり8月になってもその流れを止めることはなかった。8月しょっぱなから、台風9号が接近してきたのだ。

 沖縄本島地方が暴風域に入るのは避けられそうにない予報だった。そんな予報が出ると、いつもだったらパソコン本体や貴重品などを、島の集落にある我が雑貨屋さん敷地内の小さな別宅にあらかじめ移動しておき、我々自身も暴風域に入る前にそこに避難する。

 ところが、強烈だった5月の台風2号をはじめ、ここ数年強烈な暴風域に何度も耐えた我が家に妙な自信を抱き始めたせいで、暴風域に入り始めたにもかかわらず、まるで強風域程度で済む台風時のように昼食時から一杯ひっかけ、本宅にてノホホンとしていた。
 台風9号がゆっくり進んでいる最中である。
 ときおり家の裏手の防風林の枝が折れ、トタン屋根に落ちては「バキボキ、ゴトンッ!」というものすごい音を立てていた。

 その程度のことは日常茶飯事だから、まぁ特に問題ないよねぇーなどと自分を慰めているうちに翌日に。
 台風はそろそろ遠ざかるのかと思いきや、これから最接近を迎えるという。テレビの天気予報によると、最接近は昼過ぎということだった。

 で、夕方になり、そろそろ遠ざかり始めているのかなーと期待していると、ついに屋根が浮き始めてしまった。過去の台風でも屋根が持ち上がるということはありはしたものの、これはちょっと尋常じゃないんじゃない??

 しばらくすると、さらに事態は逼迫してきた。
 屋根が持ち上がりすぎて、屋根を支えている柱が付け根から20センチほども浮き上がっては着地を繰り返し、柱がずれてきたのである。
 さらには組んである丸太と丸太の間から外が見えるほどに浮き上がっては沈み、浮き上がっては沈みを繰り返すようになってしまった。バコンッガタンッという大音響は、まるでゴジラが我が家で積み木遊びをしているかのようですらあった。

 ここに至り、ようやく本気で

 「まずい、死ぬかも……」

 という事態であることを悟った。
 なまじ「大丈夫かも」という妙な自信のせいで、まったく避難の用意をしていなかったために取るものもとりあえず脱出したのが午後6時過ぎのこと。普通なら絶対外に出ないような、横殴りの雨と暴風の中、軽トラックにてほうほうのていで別宅に移動した。
 その別宅は立地のおかげで多少ましとはいえ、家全体が暴風でブルブルと震えている有様で、まさに生きた心地がしなかった。
 そして午後10時頃にはお決まりの停電に突入。我が家の奇跡的な無事を祈りつつ、そのまま寝るしかなかった。

 翌朝6時頃に目覚めると、風雨は依然強いものの暴風のピークは過ぎたようだった。
 ログハウスにオウムたちを置きざりにせざるを得なかったこともあって、すぐさまだんなが決死の覚悟で家を見に行った。
 なかなか帰ってこないから、

 「台風中にはよく、付近の様子を見に行った人が流されたりするニュースがあるけど、ひょっとして?」

 と心配になりだした頃、びしょぬれになっていた4羽の鳥たちを連れて帰ってきただんなが、半分笑いつつ言った。

 「屋根が飛んでた」

 覚悟はしていたとはいえ……
 さて、これからどうしよう?