写真・文/植田正恵

104.不便はリサイクルの母
月刊アクアネット2012年1月号

 

 前回まで長々と3回に渡ってご紹介した我が家の台風被災事件(?)、飛んだ屋根やその他、景観的に見苦しいものは、シーズンオフになってから解体するつもりでいた。

 人口50人の島に解体業者があるはずはなく、自分たちですべてをやらねばならないから、ほぼ一冬をかけた作業になることだろう。
 その膨大な作業量を想像しただけで、すでにこの冬は終わった…とうんざりしていた。

 そんなおり、9月も終わろうかという頃のこと。
 島のある男性が、「あの吹っ飛んだ屋根はどうするの?」と、妙に申し訳なさそうに訊ねてこられた。
 私はてっきり、見苦しいから早く片付けなさいという非難の意味が込められているのかと思い、11月に入ってから片付けるつもりでいる旨慌てて伝えたのだが、実は彼が知りたかったのは、この屋根は捨ててしまうのかどうか、ということだったのだ。

 昨年本島での仕事をめでたくリタイアされて島に戻ってこられたその男性は、島で本格的に牛の飼育を始めた。
 そのためには、それまで長い間使われていなかった廃牛舎を改築する必要があり、トタンや木材等の資材が大量に必要なのだという。
 けれども買えば買ったでバカにならないし、さてどうしよう…

 ……というところに、我が家の屋根が降って湧いたように飛んできたのであった。
 たしかに、梁や天井板といった木材も、張り替えて2年半しか経っていない屋根のトタンも、住居用の建築資材としてはともかく、牛小屋用なら申し分ない。
 彼にしてみれば材料費が浮くし、島外から運ぶ手間も省けるわけだ。そして我々にしてみれば、自分たちが手を下さずに屋根が片付く、というまさに双方にとって渡りに船の話だったから、二つ返事で

 「是非使ってください!!」

 ということになった。
 彼はもともと本島では建築作業現場で活躍されていた方なので、壊すのも造るのも自由自在。
 我々がその撤去に一冬かけることを覚悟していた屋根の残骸なんて、「是非!」とお願いしてからものの10日ほどで、しかもただひたすら独力で、跡形もなく消え去っていた。

 その後時間に余裕が出来たので、牛小屋の様子を見に行ったら驚いた。
 荒れ果てた廃牛舎だったはずの場所に立派な建物が出来ている。

 屋内にはドアのついた飼料置き場まであって、人間も住めそうなくらいの建物に……というか、材料は同じなのに、元の我が家よりも立派に見えるほどに変身しているではないか。

 使うべき場所もないから捨てるしかなかったはずの屋根の資材が、まさにまったくの無駄なくリサイクルされたのである。
 私にとっては邪魔で不必要なものであっても、他の人にとっては重要なものになることもあるということを改めて実感。あの時一声掛けてもらって本当に良かった。

 そのほか、床の根太や床板は立派なヤギ小屋に変身し、さらに丸太の壁はそのまま、このたび新規に島に導入されたユンボ小屋に変身する予定になっている。
 なんだかあらゆる資材が、もともとの家よりも有効かつ立派なものになったような気がしなくもない。

 近年、資源保護、環境保護の一環としてリサイクルが重要視されるようになっているとはいえ、たまに街中に出てみると、どうにもこうにもいろんな無駄で溢れているように見える。
 島での究極のリサイクルを目の当たりにした私には、「不便な生活環境」こそが資源保護や環境保護に直結するのではないか、と思えるのであった。