写真・文/植田正恵

115.ゆる〜い飲み会
月刊アクアネット2012年12月号

 

 今年もいよいよ押し詰まり、忘年会やらなにやら、肝臓がフル稼働する季節になってきた。
 とはいえ昔と違い、近頃の若い世代は職場での宴席を辞退するケースが多いという話をよく耳にする。仕事とプライベートをきっぱり区別する世代にとって、飲み会なんて義務なのかそうではないのか意味不明ってことなのだろうか。

 都内で勤めていたときは、年に数回くらい、会社全体もしくは部署単位の飲み会があった。
 何月何日に何時から何時までどこそこで、会費はいくらで、という知らせが事前に回ってくる。宴席では幹事さんがキッチリしきっていて、定刻には当然のように全員集まり、乾杯やら挨拶やらの後、食べて飲んで踊って歌って……と進む。
 1次会はたいてい2時間程度で終了し、呑み足りない人は終電までにもう一軒、という流れだった。

 水納島の場合、人口が少ないわりにはそれぞれが異なる仕事をしていることもあって、職場関係の飲み会、というのは一部を除いてまずない。
 それでもやはり、島民人口がせいぜい1クラス程度だから、島の人たちで集まって飲みましょう、という宴席がけっこう頻繁に設けられる。

 先日も、度重なる台風でえらいことになってしまっていた御願所周辺を島民総出で清掃したあと、お疲れさま会と称する飲み会があった。
 まぁ早い話「職場関係の飲み会」みたいなものだ。
 ところが水納島の飲み会では、一応開始時刻が設定されてはいるけれどゆるゆるもゆるゆるで、誰もそんな時刻を気にしない。
 たいていはそれぞれの都合がつき次第、めいめいがテキトーにやってきて飲み始める。その後ある程度人数が揃ってひととおり腹ごなしが終わった頃を見計らい、主催者もしくは司会者がその宴席の開会を宣言する、という段取りで進んでいく。
 司会者が挨拶を始めるのは、なんとなく宴席が始まってから軽く1時間以上経過しているのがフツーだ。

 始まりがゆるゆるの飲み会だから、当然ながら終了もハッキリとした合図があるわけではない。
 なにしろ終電なんて3万光年くらい彼方の話に思える環境である。飲もうと思えばいつまでも飲めるし、そうはいかないヒトは各自帰りたいときに帰っていく。

 またその帰り方が鮮やかというか美しいというかスマートというか、トイレに行ったのかな?と思っていたらいつの間にかいなくなっていたりするのだ。「じゃ、明日があるからこれで!」と明確に退席を表明すると、その場の盛り上がりに水を差してしまうから、さりげなく人知れず去っていく、ということなのかもしれない。

 越してきてからしばらくは、飲み会のお誘いを受けたりすると、やらなければならないことがあるのに、誘われてしまった以上は出席しなきゃだよなぁ、出席した以上はお開きになるまでいなきゃだめだよなぁ、というプレッシャーが大きかった。
 ところがもろもろのことがわかってくるにつれ、飲み会に参加するにあたってプレッシャーを感じることはまったくなくなった。
 用事があるときは早めに引き上げればいいし、行けるときに行けばいいやあ、という極めて軽い気持ちでいられるようになったからだ。

 お店を利用することになる街中での宴席の場合はなかなかムツカシイだろうけれど、こういったゆるーい感じなら、仕事とプライベートをキッチリ分けたがる世代といえど、職場での飲み会でもわりと参加しやすくなるんじゃないかなぁ。