写真・文/植田正恵

119.スゴすぎる“旧暦”
月刊アクアネット2013年4月号

 

 「旧盆セール」、「旧正月の準備はお済みですか?」なんて言葉が踊る、沖縄の新聞の折り込みチラシを初めて目にしたのはまだ学生の頃。今現在に輪をかけてモノを知らなかった当時の私には、まったく意味不明だった。

 もちろん旧暦の存在は知っていたけれど、それが生活に普通に使われているという感覚がなかったからだ。

 水納島で海の仕事をするようになって、旧暦はかなり身近になった。
 潮流を例にとるまでもなく、潮の満ち干における潮位の差がもたらす環境の変化は大きい。
 その潮汐と密接に関わりあう月齢がひと目でわかる旧暦は、ダイビングを生業とする者にとってはこのうえない便利ツールなのである。

 そんな旧暦が今もなお密接に関わっている仕事といえば、やはり漁業だ。
 日々の潮汐はもちろんのこと、漁の対象である生き物たちの生態に月の満ち欠けが大きく関係してくるから、その生活は旧暦に沿っているといっても過言ではない。

 県内でもウミンチュ(漁師)が多い地域では、旧正月を盛大に祝う。水納島の連絡船が本島で利用している渡久地港でも、旧正月になると漁船には大漁旗が誇らしげにはためいている。

 何度か話題にしているとおり水納島は元々が農家の島なので、漁業を生業にしているヒトは昔も今も一人もいない。
 ところが島の人と話していると、至極当たり前に旧暦で物事を捉えている印象を受けることがしばしばある。沖縄では伝統的に本土よりも旧暦が色濃く生活に結びついていることに加え、海に囲まれた小島の暮らしでは、貝拾いの予定を立てるにも、追い込み漁の段取りをつけるにも、旧暦で考えたほうが話が早い。

 まったく想像外のことで驚いたのが、農作業における旧暦の役割だ。
 野菜の種まき時や、植付け時、収穫時に至るまで、おばあたちは旧暦を基準にしていたのだ。

 「今年は旧暦で閏月があるから、種を蒔くのは遅らせたほうがいいね」

 という言葉を初めて聞いたときは、オドロキのあまり思わずおばあの顔を二度見してしまったくらいである。
 しかし自分でも野菜作りをするようになって、畑の野菜たちも月の満ち欠けが表す暦に深い関わりがあることを知った。月ってスゴイ……。

 こうしてみると、「旧」と言われるわりには、なんだかとっても優れた暦であるように思えてくる。
 そもそも旧暦とは、グローバルスタンダードに合わすべく現行のグレゴリオ暦に移行したことで「旧」扱いにされてしまっただけで、新旧イコール優劣という単純なものではない。
 地球の公転周期という物理的な正確さに重点を置けばグレゴリオ暦が便利なのかもしれないけれど、島で暮らす視点で見れば、かつての暦のほうが便利なことも数多くあるのだから。

 とはいえ都会で何不自由ない消費生活を送っていたら、おそらく私がそんな感想を抱くことはなかったろう。
 島の人たちが旧暦を生活に活かしているのは、自然が身近であることの証でもあるのだ。

 街中の暮らしでも、普段の何気ないモノゴトを月齢に照らし合わせてみると、「おおっ…!」ということがきっとたくさんあるに違いない。
 いにしえの人々が共に暮らした旧暦は、
21世紀の今もなお「生きている暦」なのである。