写真・文/植田正恵

131.かくも儚き一期一会
月刊アクアネット2014年4月号

 

 春は新たな出会いの季節と同時に、別れの季節でもある。

 水納島の場合最も大きな別れといえば、中学生が卒業して島から巣立っていくときだ。族や親類縁者にとどまらず、島内あげての合格祝いをとりおこなうのが通例である。

 一時期統廃合の危機を迎えていた中学校は、その後存続の方向で落ち着いている。
 とはいえ生徒数がわずかな中学校で毎年卒業式があるわけではなく(今年から3年続くのだけど、それは例外中の例外)、島の民宿もビーチもパーラーも、おまけに連絡船の船員さんも含めて、春だからといってどこかに異動するなんてことはおよそありえない。

 ところがそんな島でも、実は毎年3月末に必ず見られる別れのシーンがある。先生方の離任だ。

 センセイ業界では、その職歴中に必ず一度はいわゆる「僻地」で勤務しなければならないという掟があるらしい。
 水納島はいうまでもなく県内で断トツクラスの僻地だから、好むと好まざるとにかかわらず、先生方には赴任する義務がある。

 ただし基本的に当人の希望にかかわりない人事なので、そこで4年も5年も勤務ということではさすがに辛かろうという行政の配慮なのか、僻地では校長教頭といえども最長3年間が通常だ。
 平教諭も長くて3年、通常2年の任期である。そして、他県に比べて沖縄県はその割合が多いという臨時採用の先生の場合、任期は通常1年間。水納校にも毎年数名は臨時採用の先生が赴任してくるので、すなわち毎年必ず数名が去っていくことになる。

 もちろん本採用、臨時にかかわらず、先生方が離任する際には島をあげての送別会が挙行される。
 これまで水納島で暮らしてきた19年間で、小中学校の入学式や卒業式が無い年は何度もあったけれど、先生の送別会や歓迎会がなかった年は1度もない。

 1年やそこらでとっとと去っていく先生方のために仰々しく送別会って……と思われる方もいらっしゃるかもしれない。
 けれどやはり、この小さな島で暮らす人々にとっては伝統的に、先生方に対する「島に来てくれてありがとう」的な感謝の心がある。送別会は、そんな島の人々の謝意が込められた催しなのだ。

 引っ越してきた当初は、卒業生でも保護者でもなんでもない自分たちが先生の送別会に出席するというのは相当な驚きだった。
 当時は送別会の料理も婦人部で用意していたから、買出しから考えると2日がかりの大仕事だ。

 さすがに今は大幅な戦力ダウンにともないオードブルでまかなうようになっているとはいえ、島主催の行事なので、送別会は島内老若男女がすべて集まる一大行事になる。

 その送別会で、離任する先生方が「公式」に島を出る日のお知らせがある。先生方が島を離れる日にちと連絡船の便の案内だ。
 離任に際して各自が自動車でピューッと去っていくであろう本島の学校とは違い、小さな島から去る際の移動手段は連絡船しかない。
 そのため送別会にて案内された連絡船出港の時間になると、これまた老若男女が桟橋に勢揃いし、今の世の中では記録映像でしか見る機会がなさそうな、色とりどりの紙テープでお別れする。小さな離島ならではの捨て難い光景の一つといっていい。

 先生方の職歴におけるこの島での数年がどういう意味を持つのかはわからないけれど、かくも儚き一期一会は、きっと忘れがたい記憶の彩りになっていることだろう。