写真・文/植田正恵

14.祝い事つづく
月刊アクアネット2004年7月号

 水納島は人口約50人。そこから学校の先生や島外出身の船員さん、そして我々を除くと、みんなどこかしらでつながっている親戚である、ということがだんだんわかってきた。冠婚葬祭の際には島民の3分の2が出席、ということになるのもよくわかる。それじゃあいっそ、と思ったのかどうかは知らないけれど、たいてい我々にもお声がかかる。もっとも、狭い島のことだから何があるのかみんな分かってしまうので、身内だけで、ということでもないかぎり結局島民全員参加のようになっている。

 お祝いがまた多い。水納島に越してくる前は、公的なお祝いといえばせいぜい親類や友人の結婚式くらいのものだった。それが、越してきて1ヶ月もしないうちに、まずは合格祝いへの出席を余儀なくされた。合格祝いとは、島の中学生の高校合格祝いである。我々内地の人間の感覚ではせいぜい身内で行う程度のものなのだが、こちらでは席を設けて盛大に祝う。
 今でこそ出席するのは当たり前だと思えるものの、小さな子供の頃からの知り合いであればともかく、名前と顔ぐらいしか知らない子供の高校合格祝いになぜ我々がいるのか、最初の年はなんだか不思議的違和感を覚えたものだった。
 出産祝いもまた大々的だ。過疎高齢化の例に漏れない水納島ではそれこそ一大イベントになる。普通に飲んでいるのは初めの
3時間ぐらいで、その後は三線やら踊りも加わっての大騒ぎ。さぞかし近所迷惑になるだろうと思われるかもしれないが、島をあげてのお祝いなので、遅くまで騒いでいても誰からも文句が出ない。
 その他、新築祝い、結婚式、トゥシビー(73歳祝い)、カジマヤー(97歳祝い)などなど、引っ越してきてからの約10年間でほとんどのお祝いを経験したのではないだろうか。なかでもカジマヤーは、水納島で最初で最後かもしれない、とみんなでウワサしたほどのあまりに高齢の祝い。それなのに当のおばあが三線にあわせて元気に手踊りをしていたのがとても印象的だった。

 とにかくお祝い事はみんなで盛大にやるのが水納島の(田舎の?)スタイルだ。誰かが言い出すと、いついつがいい、あの人にも声をかけよう、やれ追い込み漁だ、豚の丸焼きだ、山羊だ、家鴨だ(食材です、念のため)とみんなが言い出して、こじんまりと祝うことなど不可能になる。もっと小さな祝いの席ともなれば、毎年星の数ほどしているのではなかろうか…。
 コミュニケーションをとるのは友人間だけで、プライベートという名の下に孤立した生活をする都会の人たちには考えられない世界かもしれない。でも田舎では、人が人と会って飲みながら語る、というのがまだまだ普通に娯楽なのである。実のところは「祝う」ということを口実に楽しく騒いでいるだけなのかもしれないけれど、それで親戚一同がいつも揃うのがまたすごいところ。最近ではさまざまな理由で沖縄でも本土化する傾向にあるらしいが、結婚式場は2〜300人は当たり前、500、600入る式場が普通にあるところを見ると、まだまだ沖縄の親族や近所づきあいは濃密なようだ。
 冠婚葬祭なんであれ、台所をあずかる婦人たち、特にお嫁さんはとてつもなく大変だろうけど、ぜひこれからも引き続き頑張っていただきたい。