写真・文/植田正恵

153.「何も無い」を楽しむ
月刊アクアネット2016年2月号

 夏休み期間中ともなればカップルから家族連れ、若者から年配の方々まで大勢の日帰り海水浴客が訪れる水納島。
 日中の海水浴場はカラフルなビーチパラソルが満開で、シャワー室には連日順番待ちの列ができるほどになる。

 ところが冬になると、島の上空には閑古鳥が群れをなし、連絡船は虚しく空気を運んでいるばかり。

 かくいう我々も、ダイビングの営業は4月半ばから
10月一杯までにしている。11月以降に連休があろうとベタ凪ぎ快晴の日が続こうと、一切営業しないという潔さ(?)。
 その分趣味の畑やマラソンなどをしつつ、ときおりダイビングをしたりしてのんびりと島民生活を楽しんでいる。そんな冬の暮らしのために夏の間働いているといっていい。

 ただし雑貨屋さんは、どのみち島にいるのだから都合がつくかぎり冬期でも営業している。
 1日開けていても結局来店者ゼロという日の方が圧倒的に多いものの、空いている季節の行楽を好む方々が散策ついでにお越しになることもあれば、ごく稀に当店ウェブサイトをご覧になったうえでご来店くださるかなり奇特なお客さんもいる。

 しかし中には何の情報も持たないまま島に来てしまい、すがるような面持ちで「食事ができるところはありますか?」と訊ねに来る方もいる。
 なにしろ冬期の連絡船は、日帰りで本島から来ようとすると、
11時過ぎに島に到着した後、14時に島を発つ1往復しかなく、思いっきり昼食時間帯なのに冬の島内には飲食店はおろか商店すらないのだ。

 さすがに連絡船の券売所では、「島には何もないですよ」と説明しているそうなのだけど、「いくらなんでも商店くらいはあるだろう」と思い込んでいるお客さんが多いらしい。
 どこでもいつでも情報を得られるネット社会になったのだから、いくらでも事前に調べておくことができそうなものなのに。スマホ全盛の時代のこと、なんでもその場で調べることに慣れている人たちは、「事前に」という観点がないのだろうか。

 そんな何も無さのせいで時間を持て余すのか、「この島には何か見所はありますか?」と訊ねられることもよくある。おそらく観光施設や景勝地を期待しているのだろう。
 いうまでもなくそういったものは水納島には皆無なので、私は「自然、ですかね」と答えることにしている。
 
 こういう島では、何もないことを楽しむのがオススメだ。もっとも、用意された「モノ」でしか楽しめない方々には、とうてい無理な話ではあるだろう。

 今年は暖冬のせいか冬場でも行楽日和の日が多く、年始には数組のお客さんが雑貨屋さんまで足を運んでくださった。
 その方々に「あまりにも何もなくて驚きませんでしたか?」と訊ねてみると、「こういうのを求めてきたので!」と、むしろとてもうれしそうに答えてくださった。

 その日は本当に天気もよく、海も砂浜も太陽に煌めき、花々は緑に映え、鳥や蝶が空を舞い、お店に来たらカメがいる。
 小さな島を堪能するにはうってつけの日和だったから、食事するところなどなくても、海で泳がなくても、彼らには素敵な散策タイムだったことだろう。

 「何も無い」ことを楽しむことができる、小さな島の魅力。

 素朴な田舎にUSJのテーマパークを作ろうとする人たちには、到底理解できない感性の世界に違いない。