写真・文/植田正恵

155.花の季節in沖縄
月刊アクアネット2016年4月号

 本土では桜前線も北上し、花はまもなくツツジやボタン、アジサイへと移ろいゆくことだろう。新緑がまぶしく、風がすがすがしい季節でもある。
 埼玉に住んでいた子供の頃は、この3月から5月が一番心ウキウキしていて、海に山に野に川に出かけたくていつもウズウズしていた私である。

 桜といえば春の季語になる本土とは違い、沖縄で桜(といってもかなり風情が異なるヒカンザクラ)が咲くのは1月末から2月。
 冬のど真ん中に、我が町本部町では「ひとあし、お咲きに」というコピーとともに、日本一早い桜まつりが開催される。

 同じく本部町内の海洋博記念公園では、毎年2月に花まつりが開催される。
 入園無料の園内は色とりどりの花々で彩られ、これぞ南国沖縄、冬のさなかに沖縄に来た甲斐がある!的な華やぎを観光客にもたらしている。 

 沖縄では冬のさなかに、早くも花の季節を迎えるのだ。

 私が水納島に越してきたのは95年の2月、冬真っ只中のことだった。

 沖縄とはいえ北風は冷たく、海が時化る日も多い時期だ。
 けれど引っ越し作業が一段落してのんびりし始めてからようやくあたりを見渡すと、島内では野菜が最盛期を迎えている畑は緑に満ち溢れ、休耕地もやはり青々としているし、家々の垣根になっているハイビスカスは真っ赤な花をつけている。
 とても冬とは思えない色彩豊かな情景が身の周りに広がっていた。

 これは埼玉とは違う、本当に沖縄にいるんだ!と実感した景色でもある。
 学生時代には4年間沖縄で過ごしていたくせに、素直に感動してしまった。

 ところがそれから20年も経つと、当時の感動的風景はいつしか当たり前になってしまっている。
 今ここでこうして自分の心象風景ヒストリーを振り返ることがなければ、当時の感動や驚きの記憶は、脳内奥底にあるサルベージ不能の深淵に、危うく埋もれてしまうところだった…。 

 沖縄で暮らすようになって随分立った頃、初めて訪れた福島の山間では、雪の白さと落葉樹の冬枯れの様子がまるで水墨画のようで、とても新鮮に映ったものだった。
 もし埼玉にずっと住み続けていたら、きっとそんな味わいを感じることもなかったことだろう。
 一年中色彩豊かな沖縄に住んでいるから、普段見ることができないモノトーンの世界にワビサビ的和の美を感じ、景色に心動かされたに違いない。
 そしてこのような長く厳しいモノトーンの季節を越した後だからこそ、多くの日本人は初春を彩る梅や水仙などの花の色香に心ときめかせ、満開の桜に人生的ヨロコビを感じるのだろう。

 となると、通年花の季節ともいえる沖縄で暮らす現在の私は、子供の頃に春の訪れとともに味わっていた「心ウキウキ」を、年がら年中満喫しているということになる。
 そのせいか能天気になりすぎて、もっとまじめに人生を送らねばいけないのではないだろうかと、反省することしばしばの今日この頃でもある。
 暮らしにはもっと心のメリハリが必要なのかもしれない。

 もっとも、冬でもおおむね温暖で花も緑も楽しめるから、天気が許せば屋外で活動しよう!という気にもなるし、外に出れば誰かしらと会うから人付き合いも活発になる。
 それはすなわち、心身ともに健康そのものの暮らしではなかろうか。年中花に満ちたノーテンキな生活もやはり、それはそれで他所では得難い、素敵なシアワセなのである。