写真・文/植田正恵

156.モフモフ、カビさん
月刊アクアネット2016年5月号

 埼玉から水納島に越してきた際は、その後の仕事でも生活でもほぼ使わないだろうというモノまで運びこんできた。
 沖縄で着ることはまずないであろう黒革のコートなんぞも。

 案の定使用する機会が無いまま数年が過ぎた頃、なにかの拍子に洋服ダンスの奥を覗いてみると、たしか黒かったはずのコートがグレーになっていたので驚いた。
 あれ?私が持っていたコートってグレーだったっけ?

 それはたしかに黒いコートだった。
 ただ、全域余すところなく白っぽいカビが密生してしまい、絵具と同じで白と黒が混ざってグレーになっていたのだ。
 適度な湿度とほどよい気温、そこに皮革製品ときたら、完全無欠のカビの培養地になってしまうということを、一張羅のコートという尊い犠牲を払って学んだ私なのだった。

 ゴールデンウィーク前後から始まることが多い沖縄の梅雨。
 降るときはとんでもなく降るかわりに、ピーカンベタ凪ぎの絶好の海日和が続くこともしばしばだけど、やはり基本的に湿度は高く気温も高い、いわゆる高温多湿環境になる。
 いくら夏のような日が続こうとも、梅雨時期にこのカビの被害から免れるのは至難のワザといっていい。

 数年前に沖縄に引っ越してきた知人は、かなりきれい好きな方。それでもやはり、5月6月は畳がカビの絨毯になって泣きそうになったという。
 マンションの比較的上層階にもかかわらずこの有様だったら、より湿度の高い低層階や平屋に住んでいたらどうなっていただろう…と恐怖すら覚えたそうだ。

 コートをオシャカにしてしまって以後の私は、もちろんカビ対策には気を配るようになってはいるものの、少し気を抜くとあっという間にカビが生えてしまう。
 靴やベルトはたとえ革でも利用頻度は高いので、コートのように取り返しがつかなくなるには至らないけれど、生えそろったカビが嬉しそうに(?)モフモフしているのを見るだけで、腹立たしいやらゲンナリするやら……。

 とにかく沖縄は梅雨にかぎらず平均的に湿度が高い。
 関東の冬の空っ風に吹かれていた子供の頃は、放っておくと乾燥で唇がバリッと切れる、なんていうのは普通の現象だったから、湿度が
50パーセントもあれば相当シアワセだった。
 それが沖縄では、湿度が
50パーセント台まで下がっただけで、ローカルニュースで話題になるほどの珍事になる。

 ちなみに全国の年平均相対湿度ランキングを見ると、意外なことに沖縄は5位で、上位4位まではすべて日本海側の地域だった。
 どうやら冬に雪が多いためらしい。そうはいっても、たとえ湿度が高くとも気温は低いから、きっとカビの被害は少ないだろう。少なくとも、黒いコートがグレーになることはないに違いない……。

 湿度が100パーセント近くになることも多くなるこれからの季節。
 カビの被害を考えると気が滅入るけれど、通風や除湿に励み、掃除をまめにやるしかないよな、と毎年腹を括っている。

 なんといっても亜熱帯。
 初めて那覇空港に降り立ったときには、重量感のある高温多湿の空気がねっとりと体にまとわりついてくるような感覚を味わい、亜熱帯沖縄に来たんだなあとつくづく感動したものだった。

 カビ被害をもたらす高温多湿にも、きっとそれなりの楽しみがあるに違いない。