写真・文/植田正恵

177.冬の香りムーチー

月刊アクアネット2018年2月号

 毎年12月8日に、我が家では餅バブルが起こる。

 餅といっても日本全国でお正月に食べる餅米から作るお餅ではなく、もち粉と呼ばれる米の粉に、砂糖や芋などを混ぜて、水で練ったものを平たくし、防虫防腐効果があるサンニン(月桃・ゲットウ)の葉で包んだものを蒸して作る沖縄独特の餅のことだ。

 「モチ」を沖縄風に発音すると「ムーチー」となり、鬼除けの昔話に由来しているためか、正式には「鬼餅」という字があてられる。

  そのムーチーを魔除け・厄除けのためにたくさん作り、軒下につるしたりお供えしたりする慣わしが沖縄には古来からあり、なぜだか12月8日に定められているその日のことを「ムーチーの日」という。

 もっとも、本来は旧暦の12月8日に行われるもので、1年で最も寒さが厳しい季節だから相当冷え込むことが多く、その寒さを呼び表す「ムーチービーサー」という言葉もある。
 餅の寒さという意味だ。

  ムーチーは材料さえあれば比較的簡単に作れるからか、伝統的な慣わしが少しずつ廃れていく今の世の中でもまだまだ存在感は大きく、旧暦の12月になると県内のスーパーにはムーチーの材料が並び、子供たち向けの体験的実技研修も各地で行われている。

 私が初めてムーチーを知ったのは、学生時代のアルバイト先でのことだった。それまで賞味してきたあらゆる食べ物とはまったく異なる香りにものすごい衝撃を受けながら、その匂いの元らしいサンニンの葉を開いてみると、なんだか得も言われぬ色合いの物体が、ビローンと葉にくっつくように広がっていた。

 その匂いと見てくれにかなりひるみつつも、せっかく勧めてくれたものを拒むわけにもいかず、覚悟を決めて実食。
 食べてみると、けっして不味いモノではないものの、取り立てて美味しいものではなかった…というか、あまり好んでは食べたくない、と思ったものだった。

  その後ムーチーを食べる機会がないまま水納島に越してきたところ、水納島では新暦で行うようになりつつも、各家庭では今もなお毎年キチンとムーチーを作っていることを知った。

 というのも、伝来の行事だから各家庭でたくさん作るのはいいけれど、昔のように腹を空かせた子供たちがたくさんいて、たちまちムーチーを食べ尽くす、というわけではない過疎高齢化の島のこと、だからといってほぼほぼ同じものを作っている隣近所に配るわけにもいかず、巡り巡って我が家に、各家庭特製のムーチーが大挙届くことになるのだ。

 餅バブルの出来である。
  各家庭によって水加減は違うし、餅粉に混ぜる芋や黒糖などの具が異なるので、食べ比べてみればまったく別物に思えるほど。
 また同じ作り手であっても、パティシエのように毎度計量して作るわけじゃなし、年ごとに変わるマイブームによって味や形や硬さが違うのもおもしろい。

 おかげでムーチーが実はしみじみと美味しいものであることがわかってきた私は、今では餅バブルになるたびに狂喜乱舞している。

 ムーチー独特の匂いは、冬の沖縄の香り。
 当初は衝撃を受けた私にとっても、今やムーチーはすっかり冬の味覚になっている。
 そういえば以前水納島のおばあが、作ったムーチーを内地にいる娘に送るんだ、と話していたことがあった。
 きっとその娘さんは暖かい炬燵でムーチーを食べながら、故郷の冬に思いを馳せていたことだろう。