写真・文/植田正恵

182.刃物のある日常

月刊アクアネット2018年7月号

 ダイビングにおけるリスクマネジメントにはいろいろあって、潜水中に漁網に絡まるトラブルもそのひとつ。

 タンクのバルブなどが引っ掛かってしまい、もがけばもがくほど絡まって、ついには脱出できずに空気切れ…という事故も無くはないのだ。

  そんな時には慌てず騒がず、快刀乱麻を断つごとく漁網から素早く脱出できるように、ダイバーズナイフを携行しましょう、ということになっている。

 なのでダイビング器材を扱っているお店に行けば、様々なダイバーズナイフが普通に売られている。
  一昔前なら、それって漁網を断ち切る用途にしては巨大すぎるのでは??というくらいに大きな、クロコダイル・ダンディ級のダイバーズナイフもズラリとラインナップされていたものだった。

 ところが新幹線の車内で凶行に及ぶといったような、刃物を他の用途で使用する凶悪事件が相次ぐ世の中になってしまったために、今ではダイバーズナイフまで銃刀法の管理下に置かれている。
 現在ではダイバーズナイフといえども刃渡り5.5cm以上がその規制対象となっており、お店で売られているダイバーズナイフは、むしろ絡みついたロープを切断するにも不自由しそうな小ぶりなモノばかり。

 「痕跡だけで役に立たない度」でいえば、もはや尾てい骨のような存在だ。

  水納小中学校の年中行事のひとつに春先の潮干狩りがあり、学校から危険生物の講習も含めた講師の依頼があるものだから、児童生徒職員&島のご婦人方と一緒に、毎年潮が引いた海を歩いている。

 その際、目当ての貝を採ったりサンゴを食べているオニヒトデを抹殺するために、得物はいつもダイバーズナイフを持参する。
 もちろん刃渡り5.5cm以下じゃ役に立たないから(刃が短すぎるとオニヒトデの逆襲に遭う)、昔ながらの実用本位のごついやつだ。

 本来は鞘があるモノだけど、いちいち抜き差ししているのもまどろっこしいので、剥き身で獲物入れの網に入れている。手提げ代わりの網の中に入っているから危険性はないものの、外からは丸見え状態だ。

 すると、それを目にした小学生に「危ないね」と素で言われてしまった。

 島では剥き身の鎌や包丁を手に畑まで歩き、野菜を収穫するおばあの姿が日常の風景だし、いつでもどこでもすぐに魚をさばけるように、剥き身の包丁が軽トラやバイクの荷台に置かれているのも当たり前。
 島生活も20年以上となれば、刃物を剥き身で持つことが別段変なこととは思わなくなってしまっていたということに、その子の言葉でハタと気づいた私である。

 不審者に対するリスクマネジメント教育が施されている今どきの子供にとっては、剥き身の刃物など危険物以外の何物でもないのだろう。

 島民しかいない冬場ならばともかく、うっかり観光客に鉢合わせしたら、銃刀法違反で通報されてしまうかもしれない。
 無差別に刃物で斬りつけるアブナイ人が増えている昨今、剥き身の刃物を持っている者など相当怪しいと思われても無理はない。

 小学生に指摘され我に返った私は、その後島内で刃物を持ち歩く際にはかなり神経を使うようになった。
  とはいえ、包丁が仕事・作業の道具として当たり前の人にしてみれば、なんと不便な世の中になってしまったことだろうか。

 そのうち野菜を収穫するにも魚を屋外でさばくにも、刃渡り5.5cm以下、なんてお達しがあるかもしれない…?