写真・文/植田正恵

183.水納貝塚

月刊アクアネット2018年8月号

 水納島に越してきたばかりの頃は、小さな島とはいえ観るものすべてが目新しかったこともあって、島中を精力的に探索していた。

 すると裏浜の片隅に、尋常ではない貝殻が集積している場所を発見。

 「水納貝塚だ!」

 と驚いたことも、今ではいい思い出のひとコマだ。

  それらの貝殻はすべて、島の人たちが海に出て採捕し、美味しく食べた後に廃棄しているもの。
 大潮で潮が引けばリーフまで歩いて渡れるほどになるから、おじいやおばあも気軽に貝採りに精を出し、サザエ、シャコガイ、マガキガイ、ヒロセガイなどを得る。

 獲物はもちろんそれぞれの胃袋に収まるのだけれど、さすがに貝殻は消費できないので、暗黙の了解で「ここ」と定められている場所にみなさんが廃棄する。
 四半世紀ほど前はまだ島民人口が多かったこともあり、廃棄されている貝殻の量も半端ではなかったから、それが積もり積もればホントに貝塚になるのだ。

 サザエやシャコガイといったメジャーなものはともかく、その他の食べられる貝についての知識がほとんどなかった引っ越してきたばかりの私にとって、貝塚は捨てられた貝殻を見て食用貝であることを知る場所でもあった。

 また、貝塚の貝殻の中には掘り出し物も多く、デイスプレイの材料にできるものもけっこうあり、きれいな貝殻ゲット目的で貝塚を訪れることも多かった。

  貝塚を利用しているのは私だけではなく、オカヤドカリもその恩恵に与っている。
 オカヤドカリにとってはサザエの殻は成長するうえでまことに便利なLサイズの貝殻で、サザエを家にしている大きなオカヤドカリが島内に異常なほど数多くいるのは、彼らが貝殻をたやすく確保できる場所があるからこそなのだ。
 いわばヒトとヤドカリの共生である。

  近年の私は、梅雨の閑散期くらいになると発作的に、食べたい貝をちょこっと泳いで獲ってくるようになっている。
 越してきた当時に比べれば食用の貝の知識も随分増えているから、その日の食卓はちょっとした「軟体動物祭り」状態になる。

 さすがにそんなに消費すると貝殻を貝塚に捨てに行かなければならなくなり、件の貝塚に貝殻を捨てに行ってみたら驚いた。昔のように貝殻が堆く積もっていないのである。

  おじいおばあが相次いでお星様になって、貝を採る人自体が減ったことも大きな原因なのだけれど、現在も現役で採っている方々もみなさん寄る年波のため、貝塚まで重たい貝殻を捨てに行くのがしんどくなっているようなのだ。

 ではどうするかというと、桟橋に車を乗りつけ、さばいた後の貝殻を、ザバーッと海に捨てる。
 重いモノを抱えて砂浜を歩くことに比べれば、たしかにずっと楽に違いない。

  なので近年は、桟橋の周りにもひそかに貝塚が形成されつつある。
 桟橋をグルッと泳いでみたら、大量の貝殻が異常なほど溜まっている場所があることに気づくだろう。

  ただし近頃の貝塚には、自分たちが海から採ってきた貝のほかに、本土の知人やお客さんから送られてくるのであろう貝殻も混じっていることがたびたび見受けられる。
 なかには沖縄にはいないホタテガイやカキなども含まれているから、1万年後、水納貝塚が本当に考古学的意味の貝塚になった頃、どこかの星から来た考古学者や古生物学者たちは、水納貝塚を見てたいそう首を捻ることになるかもしれない…。