写真・文/植田正恵

29.投票箱の来ない島
月刊アクアネット2005年10月号

 久しぶりに那覇まで行ったら、衆院選挙の選挙運動が激しかった。まだ朝8時前だというのにおそろいのTシャツを着た運動員が、のぼりやらハンドスピーカーを手に、街頭で支持者のコマーシャルをしていた。よろしく、よろしくと支持を求めるわりには、うるさいし、うっとうしい。様々な改革を訴える前に、まず選挙運動の改革をしてもらいたい。

 もちろん水納島も日本だから、先の衆院選も無縁ではないのだけれど、有権者はせいぜい30人くらい。さすがに国政選挙ともなると、30票はさほど問題ではないらしく、選挙演説にやってくる酔狂な候補者はいない。だから、公示とともに選挙ポスターの掲示板がやってくるぐらいで、選挙運動も宣伝カーも走らない。いたって静かなものである。

 これが町議選ともなるとだいぶ様子が変わってくる。各候補者が入れ替わり立ち代り挨拶に訪れるのだ。いちいち誰かが来るたびに挨拶を聞くのも億劫なので、できることなら知らんぷりしていたい。ところがたくさんの候補者の中には、島民のいとこの嫁のお兄さんだったり、息子の嫁のお兄さんの嫁の親だったり、島の人が世話になっている本島の飲食店のオーナーの友人だったりと、誰にとってもほとんど他人に等しい誰かしらの知人、縁者という候補者もいる。彼らはそのつてを頼って挨拶にやってくるから、そうなるとさすがにその島民の手前、知らんぷりしていられなくなってしまう。
 仕方なくしばしお話を聞いていると、たいてい「本部町の宝である水納島の発展に努力します」などということも付け加え、島民の心をちょっとくすぐろうとする。そして、ホントに自然がたくさんでいいところですねえ、とうれしいことも言ってくれる。まあ暇なときなら、こんな風に候補者の人と話すのも悪くないかな、と思ったこともあった。
 が、あるときある候補者が、最後に「いやあ、水納島にはお店が一軒もないんですねえ」というのを聞いて一気にがっかりしてしまった。挨拶回りをするなら、その地域のことを最低限調べて、ある程度の事情を理解してから来るべきではないのか?おそらくこの候補者は、島に投票箱が来ないってことも知らないのであろう。
 そう、水納島には投票箱が来ない。選挙のたびに、島民は船賃を払って本島まで行かなければならないのである。一票の格差をめぐる問題が世上かまびすしいけれど、水納島の場合は「一票の価格差」なのだ。
 まじめな日本国民である島民は、選挙のたびに約半日をさき、船賃1330円をかけ、清き一票を投じに投票所まで行くのである。それなのに、最近選挙のたびにニュースになる日本全国の選挙管理委員会のずさんさときたら……。
 開票し忘れただの投票箱を紛失しただの、もしそれが本部町内で起こったら、水納島島民は憤死してしまうに違いない……。 

 ところで、あるときの本部町議選の結果を見たら、驚いたことに当落ラインは300票くらいのレベルだった。人口1万5千人程度の町だから、20人ほども議員がいればそういうことになるのだろう。それにしても300票。これって私が通っていた中学校の生徒会長選より得票数が少ない…。なるほど水納島の30票にもやっきになるわけだ。この事実を知った後しばらく、水納島から誰かが立候補したら町議になれるんじゃないか、ねえ立候補してみたら、という冗談が流行ったのであった。