写真・文/植田正恵

31.鍵のない生活
月刊アクアネット2005年12月号

  数年前、大阪にあるだんなの実家辺りで空き巣が多発したことがあった。そういうことがままあるので、最近では用心のため、家のドアの鍵は2つ以上つけているお家がほとんどだと聞いた。
 また、ゲストにお聞きしたところによると、女性の一人暮しを狙った輩がいるから、盗撮、不法侵入その他もろもろかなり神経を使っているという。そのときは、都会は大変だねえ、おちおち留守にもできないじゃないか、と思った。

 もちろん私だって、家を空けるときはちゃあんと鍵をかける習慣は持っていた。ところが水納島に引っ越してきてから、状況が一変してしまったのだ。

 まず、掘建て小屋同然の我が家には、郵便受けなるものがない。だから郵便配達のおじさん、新聞配達のおじさんは、玄関の中に配達物を入れなければならない。
 それをいちいち外出ごとに鍵をかけていたのではとても困ったことになる。もっとも、水納島の一般家庭で郵便受けのあるお家は2軒だけなので、このスタイルは島内で普通なのである。

 さらに、車のキーも差しっぱなしである。なぜなら狭い島内で、緊急事態がおこったとき(たとえば桟橋に停めてある車が、何かの資材を運ぶ際に邪魔になるという場合など)、誰でもその車を移動できるよう、鍵は差しっぱなしにするのが暗黙の了解なのだ。引っ越してきた当初、いちいちロックをしていたらそのことを指摘され、なるほどなぁと感心したものだった。

 そんなのどかな島生活にすっかり慣れてしまった今年、事件は起こった。
 海から帰ってきて、ダイビングの器材を車に積み、さあエンジンをかけようとしたら、差しっぱなしにしておいたはずのキーがないのである。ダッシュボードやシートの下、車体の下からタイヤの裏側までいたるところを探してみたけれど、キーは出てこないかった。
 こうなると車はただの金属の塊だ。
 虚しく桟橋に鎮座し、ただ潮風を浴びるだけの存在になってしまった。
 この前代未聞のピンチは、ドアの鍵穴をはずして本島の修理屋さんに送り、その鍵穴に合うキーを作ってもらってなんとか数日後にクリアしたものの、いったいぜんたいキーはどこに行ったのだろう。
 その後しばらくは島民の間で、いたずらか嫌がらせではないか、これからは車のキーは抜いておかないとねえ、と盛り上がっていた。

 夏場に観光客が増えるのは結構だけれど、人の出入りが多すぎると、昔は考えられなかったことも起こるようになってくる。「誰かが見ている」という小さな地域ならではセキュリティシステムが、人が多すぎるために機能しなくなるのだ。
 最近島民の間では、10年くらい前までの水納島が良かった、どんどん嫌な島になっていく、という声が出始めている。経済発展と住み心地のよさというのは、田舎の場合必ずしも比例関係にあるわけではないようだ。

 何とか元に戻れないだろうか。島民自体は変わっていないのだから……。