写真・文/植田正恵

35.海を癒そう
月刊アクアネット2006年4月号

 環境保護、自然観察。そういう言葉をよく目にし、また簡単に使われる世の中になっている。大事なことだとは誰もがわかっているのだろう。

 私が携わっているダイビング業も、サービス業とはいえ、そういったことと無縁ではない。
 ダイビングというと一般的にはチャラチャラした浮ついたレジャーと思われがちだが、主目的はもっぱら自然観察といっていい。普段人が暮らしている陸上からはけっしてうかがい知ることのできない海中を、そっと覗いてみる手助けをしているのだ。

 私が水納島に越してきた当初は、まだダイビングはアドベンチャー的な要素が大きく、穏やかな雰囲気の水納島の海は、一般レジャーダイバーにあまり人気がなかった。だから本島から遠出をするのなら、海中に豪快な地形を有するお隣の伊江島、というのが定番だった。
 ところが、「癒し」という言葉に誰もが群がり始めると、真っ白な砂地に、色とりどりの小魚が泳ぐいわゆる「癒し系」の水納島の海がけっこう注目されるようになった。
 そうなってくると、来るわ来るわ、キラ星のごとくダイビングサービスがある本島から、大はトイレシャワー付きの大型クルーザーから、小は数人乗りの小型ボートまで、夏になると船の展覧会のような盛況ぶりだ。以前は夏のハイシーズンでさえほとんど我々の一人占め状態だった水納島の海に、多いときには
10隻以上のボートが並ぶようになってしまった。
 途端に、箱庭的にこじんまりしている水納島の海中が荒れ始めた。

 とても愛着をもって観察し続けていたイソバナ(サンゴの仲間)があった。
 砂底に点在する、直径
10mほどの岩に、1mほどのイソバナが4つ付いていた場所で、イソバナは幼魚やエビ・カニなど小さな生き物たちの格好の住処になっていた。水中写真が趣味の私は、足繁くそこに通っては、一寸にも満たない生き物たちをじっくり撮影していた。
 ところがある年の夏、ほんの一ヶ月ほどの間に、4つのうちの3つが根元数センチを残すのみという無残な姿に変貌してしまった。
 おそらくこれは、本島から来るダイビングショップの仕業に違いない。
 なにしろ実際に他業者の案内を海中で見てみると、自分の体をなかなか制御できない初心者ダイバーを大勢連れて、サンゴやイソバナなどの繊細な生き物の上を平気で通過していたのだ。
 制御の効いていない脚ヒレでバタバタとたたかれ、繊細な生き物たちは大きく傷つけられていく。
 あまりにも頭に来たので、鑑賞に堪えなくなることを承知で、残った1つのイソバナをロープで囲ってみた。するとそのイソバナだけは、その後7年経った今も壊されることはなく、現在でも毎年数センチずつ成長している。

 イソバナに限らず、逃げることのできない様々な生き物たちが、ダイバーたちに傷つけられ、ひどいときには姿を消していく。
 本来陸上生活者の人間が海に入るのだから、影響をまったくゼロにすることは不可能なことだとしても、影響があることを理解し、最小限にとどめる努力はするべきだろう。
 海に「癒し」を求めるのもいいけれど、そろそろ海を「癒す」ことを本気で考えなければならない。

 その昔観光客として、水納島に遊びに来て、きれいな海を楽しんでいたこと、そして今までこの稿で触れてきたように、さまざまな経験をさせてもらった水納島に感謝しつつ、愛情を持って、これからも海中を案内していきたいと思う。