写真・文/植田正恵

43.砂の嵐
月刊アクアネット2006年12月号

 沖縄といえば、やはりなんといっても青い海と空、真っ白な砂浜である。自然の砂浜が広がっているここ水納島のビーチを見れば、きっと誰もが「これぞ沖縄!」と思うだろう。

 その砂浜は、主に有孔虫という顕微鏡サイズの生き物の死がい(石灰質の殻)で出来ていて、それらにウニの棘や、サンゴ片、貝殻などが混じっている。
 これらはすべて水納島周辺の生き物たちだ。だから一口に砂浜といっても、島の北側と南側で、砂に含まれている貝殻の種類がずい分違ったりする。

 いかにも沖縄!のイメージで観光客の心を捉えるこの真っ白な砂は、島民の我々にとっても、当たり前の風景でありながら、無くてはならない大切なものである。
 だが、ひとたび風が吹くと、まったくもって迷惑な代物に変化してしまうこともある。 

 冬の季節風や台風時など強風が吹いているときに水納島のビーチへ行くと、風で吹き飛ばされた砂が石礫のように飛んでくるのだ。たかが砂と侮るなかれ、秒速15m以上の風に乗った砂粒は、かなり暴力的で、ブリザードのように横殴りに吹き付けるのである。
 引っ越して来たばかりの頃はまだそういうことにうとかったので、いかに風が強いかビーチまで確かめに行き、ビチバチ飛んでくる砂に「イテテテ」と悲鳴をあげていたものだ。

 それだけだったら笑い話なのだが、台風後の島内の様子を見ると、ありえないほどの量の砂が各所に堆積していることに驚かされた。
 これは面白がっている場合ではない。
 実際大きな台風が通過した後、海の家が3分の1ほど埋まってしまって、まるで遺跡発掘作業のように島民みんなで砂をかき出したこともあったほどだ。
 おじいの話によると、防風林が今のように整備されていなかった昔は、台風が去ったあとは島内の家々が随分砂に埋まってしまうこともあったという。雪国の人々は冬が来るたびに雪と戦っているけれど、南の島の人々は台風のたびに砂と戦っていたのだ。

 その昔小学生の頃、社会だったか道徳だったかの授業で、防潮、防風、そして防砂のために砂浜に松を植える、という話を習った記憶がある。海なし県にいた私にとっては、まったく身近でなかったこともあって、当時理解できたのは「防風」の役目だけだった。
 それが水納島にきてようやく「防砂」という意味を知ることができた。この防風林がなかったら、いったいどういうことになっているのだろう……。

 また、砂は風だけでなく、波、流れなどの影響で常に移動している。だから、砂浜の形状も年毎に変化しているのだ。ただしトータル的にバランスは取れているので、自然下では砂浜が忽然と姿を消すということはまずない。

 ところがそれに人工構造物が加わると、そのバランスは一気に崩れる。水納島のビーチの周辺も、ここ20年くらいの間に様々な構造物(突堤、堤防、潜堤)ができてしまったものだから、なんだかおかしなことになっている。今まで砂浜だったところから砂が消えて、あるべきではないところにどんどん砂が溜まっていくのだ。

 それら巨額を投じた構造物は、本来砂浜を維持するための行政の知恵だったはずなのだが、島で暮らす人々にとっては、かえって迷惑にすらなっているのであった。防風林を計画した人たちの爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいところである。