写真・文/植田正恵

47.スープが冷めるまで歩け
月刊アクアネット2007年4月号

 世の中には「スープの冷めない距離」というのがあるらしい。結婚して新居を構えるときなどに使う言葉だそうだ。水納島では幸か不幸か、ほぼすべての世帯が、スープの冷めない距離どころか何を食べているか匂いで分かる距離にある。

 そんな狭い島内でも、シーズン中、ダイビングのお客様が水納島にやってくるときはたいてい桟橋まで車でお迎えに行く。そこから民宿までご案内するのだが、初めて来島されたお客様は、ええっ!?この距離を車で??とビックリされることが多い。
 ところが慣れたお客さんになると、当然のように乗車する。人間、安易な方向に慣れるのはたやすいことらしい。そしてそれは、けっして観光客だけではない。

 沖縄の小さな離島で生活していたら、島民はさぞ健康的だろうとはじめのうちは思っていた。ところが、意外に太りすぎの人が周りに多いということに気づくまで、そうは時間はかからなかった。寝て暮らしているわけでもないのになぜ太りすぎているのか。それはみんな歩かないからだ。

 その昔都内で勤めていたときは、通勤に要するだけで少なくとも20〜30分は歩いていた。全然運動していないようでいて、それだけでよっぽど島の人たちよりも運動していることになる。

 なにしろ島民の場合は、島の周囲が4キロしかない小さな島だから、どうしても歩く機会も距離も少なくなるのである。おまけに、集落の端から端まで歩いてもせいぜい5分の島なのに、おばあをのぞく人々はみな車かバイクで移動する。観光業が忙しい夏ならばまだしも、冬場はこれで畑仕事もせずにいると、本当に冬眠しているのではないかというくらいの運動量しかないだろう。

 それに加えて、沖縄では昔から食事といえばお腹一杯食べるものという意識がある。
 昔のように栄養価の低い食べ物が多かった時代ならともかく、今のような飽食の時代の食事を毎日お腹一杯食べていたら……。
 だから島の食べ盛りの子供たちも島にアルバイトにきた若者も、たいてい太ってしまうことになる。

 これが彼らのように若いうちならどうにでも挽回できそうだが、中年域になると、そろそろいろんな数値が危険域を示すようになってくる。実際、島でいわゆる青年部と呼ばれるおじさんたちは、高血圧ではない人のほうが少ない。
 こんなに自然がたくさんあって空気が良くて、海の幸山の幸に恵まれているというのに、そこに住む人々の健康状態は都会の人たちとさして変わらないのである。

 沖縄の長寿の秘訣を食材に求める話は数多く、やれウコンがどうのゴーヤーがどうの、モズクに含まれるフコイダンがどうのと、故あるある大事典的ネタは豊富だ。けれどかつての沖縄の人たちがなぜ健康・長寿であったかといえば、ウコンを食していたからでもゴーヤーを食べていたからでも豚肉ばかり食べていたからでもなんでもない。暖かな気候の下で、みんなちゃんと体を動かして働いていたからである。

 額に汗して働く必要が少なくなってきた沖縄の人たちの長寿が危ぶまれているのは、そういう意味では当然の成り行きといえる。体には楽をさせておいて、健康のためにゴーヤーもヘチマもないってもんだ。
 小さな島における健康維持の秘訣は、スープの冷めない距離をいかに冷めるまで歩くか、ということに尽きるのかもしれない。