写真・文/植田正恵

48.アヒル捜索隊が往く(前編)
月刊アクアネット2007年5月号

 1月のある日のこと、あるおじいが「あんたのとこのアヒルが畑にいるよ」と教えてくれた。
 今島内でアヒルといえばうちなのである。
 随分前に当時の水納小学校の先生からいただいたものだ。なんでもその先生は、アヒルが増えすぎて困っている知人から託されたらしい。植田さんなら動物好きだから飼うかなと思って、と、半ば強引に引き取らされた。どうせいただくならオス1羽にメス3羽の配分で、とお願いしていたのだけれど、まだ雛なので雌雄の区別がつかないまま、都合6羽が我が家にやってきた。

 それから半年経って結局メスは1羽だけだったことが判明した。なのでひとつがいだけ残し、残りは食べてしまった。その後アヒルは次々に増殖し、現在は常時20羽前後が我が家の庭を闊歩している。数に変動があるのは、それが食用であるからにほかならない。

 このアヒル、アフラックのCMに出てくるようないわゆる北京ダックとは別物である。彼らのくちばしが黄色いのに対し、うちのアヒルはくちばしがピンクで、目の周りが鶏のとさかのように赤くなるバリケンという品種である。高級食材として時々目にするフランス鴨にかなり近い。
 一昔前までなら田舎の庭先でよくこのアヒルが飼われていたほどに沖縄ではポピュラーな存在で、沖縄でアヒルといえば普通にこれを指すようだ。時折うちの庭を通りかかった年配の県民が「うわあ、懐かしい」と言って眺めていることがある。

 さて、そんなアヒルたちのうちの一羽がおじいの畑にいるという。それを聞いた私は青ざめた。1月の畑といったら、収穫間近の野菜が青々と茂っているのだ。アヒルにとっては子供がお菓子の家に住んでいるかのごとき天国だろうけど、せっかく育った野菜たちがアヒルに食い荒らされたのでは、畑の主もアヒルの主も目も当てられない。

 慌ててどこの畑か問うと、何も植えられていない場所だったのでとりあえず胸をなでおろした。とはいえ放ってはおけないので、手を変え品を変え苦労して捕まえてみると、なんだか顔つきが険しい。持ち帰って驚いた。数えてみると、なんと1羽多いではないか。

 うち以外に島でアヒルといえば、学校にいるガーコだけである。ではこの子はガーコなのだろうか?
 違った。たまたま居合わせた子供たちと学校の飼育舎に行くと、そこにはしっかりとガーコがいた。ということは……?

 どうやらどこからか海を越えてはるばる島にたどりついたらしい。たしかにアヒルは水面に浮いていられるのだから、体力さえあれば本島からでもやって来られるのだろう。実際、以前八重山の黒島にいったときに、台風の後アヒルが増えていたという話を聞いたことがあったけど、身近でそんなことが起こるとは思わなかったなぁ……。

 ところでこのアヒル、あっけなく翌日再び脱走した。島の子供たちとアヒル捜索隊を結成してなんとか捕獲したものの、脱走癖があっては放し飼いの我が家では手に負えないので、結局先生の許しを得て学校で飼うことになった。一人寂しく暮らしているガーコの友達にしようと子供たちが希望したのだ。

 そしてこのアヒルはめでたくピーコと名づけられた。ピーコにするなら、ガーコをオスギに改名しようという案は却下されたらしい…。
 うちにいればいずれ食べられる運命だったはずのピーコは、こうして学校で第二の人生を平穏に送るはずだったのだが………。(つづく)