写真・文/植田正恵

50.恋は盲目
月刊アクアネット2007年7月号

 海で出会いたい生き物は?とダイバーに尋ねると、よほどのヘンタイ的マニアックな方でないかぎり、イルカ、クジラ、サメ、マンタ(エイ)、カメという答えが返ってくる。いずれも水族館でおなじみの大きな生き物たち、いわゆる「大物」だ。

 他のダイビングスポットと比較すると、ここ水納島は残念ながら大物遭遇率はかなり低い。そもそもマンタを観ることができるくらいなら、我が家は今頃立派な御殿になっているはずだ。
 ところがそんな水納島でも、毎年4〜7月は、大物のひとつとして人気の高いウミガメに出会うことが多くなる。この時期はウミガメの産卵期にあたるからだ。

 産卵時期のウミガメのオスは必死だ。交尾をしようと、血眼になってメスの姿を捜し求めているのだ。
 そんなオスに出会うと少々やっかいなこともある。
 ウミガメは概して視力が低いのか、オスはダイバーをしばしばメスと思い込んで、目を血走らせやる気満々で接近してくるからだ。興奮状態にあるオスは、時にはダイバーの背中に乗っかってしまってもなお勘違いに気づかないということもあるほどで、身の丈は人間の大人よりも小さいとはいえ、1mをゆうに越えるウミガメを海中で見ると巨大である。そんな巨体がやる気満々で間近に迫ってきたら、きっと男の人でも貞操の危機を感じずにはいられないだろう。

 水納島で最も頻度高く見られるのはアカウミガメで、次いでアオウミガメ、タイマイがいる。いずれも毎年産卵のために島に上陸するが、タイマイの場合は、何年か前までは水納島が日本における産卵場所の北限地とされていた(現在は奄美大島。これも温暖化の影響かもしれない)。
 この3種類すべてを合わせて、1シーズンでおよそ20箇所ぐらい上陸した足跡を見ることができる。ただし1頭のメスが年に3〜5度上陸するというから、それを踏まえると、水納島で産卵しているウミガメは4〜7頭程度ということになる。

 タンパク源が相当貴重だったその昔は、海からやってくるウミガメというのは海神様からのプレゼントなみだったそうで、そのプレゼントを1年に1頭だけ頂戴していたのだという。
 当時の島の青年たちは、夜に産卵のために上陸しているカメを見つけ、カメが産卵を終えるまでずーっと月の浜辺で待ち、その後ようやく捕獲していたそうだ。でもなかにはお酒を飲みながら待っているうちに、気がついたら産卵を終えたメスは海へと帰り、東の空が白々と明けつつあった……という牧歌的な話もあったらしい。

 ことほどさように、島の人たちとウミガメとの縁は深い。今でも壮年の人たちはカメの這い跡をたどって卵を産んだ場所を探し当てるのが上手だし、産卵場所が海水浴客に踏みにじられそうな場合は卵がダメにならないよう、産卵直後に卵を移動させて網で囲って守ってもいる。

 卵は約55日ほどで孵化し、チビカメたちは海を目指す。
 アカウミガメの場合は、大洋に乗り出したあと、海流に乗って北アメリカ沿岸まで回遊し、大きくなってまた戻ってくるという。大人になるまで生きながらえる確率は絶望的に低い。

 想像を絶する旅を終え、彼らが大人になって戻ってきたときに、はたして水納島がカメたちにとって素敵な産卵場のままであってくれるだろうか。そろそろプレゼントの恩返しをし始めなければならない時期になっているのかもしれない……。