写真・文/植田正恵

59.ヒージャー物語
月刊アクアネット2008年4月号

 出会いや別れの季節ともいえる春は、生き物たちの恋と誕生の季節でもある。
 島のおじいが飼っているヤギも、ここのところ立て続けに出産があり、4頭の子ヤギが誕生した。

 水納島に引っ越してくるまでの私にとっては、ヤギといえば「しろやぎさんからお手紙ついた、くろやぎさんたら読まずに食べた」の童謡に出てくる動物、という程度のイメージしかなかったくらいだから、身近な動物であるはずはなかった。
 そんな私が沖縄で初めて出会ったヤギは………

 ……骨だった。

 学生時代のことである。ダイビングをするために田舎の海岸に行くと、少し奥まったところにある倉庫風の暗い建物に、なにやら意味ありげに骨が並べられていたのだ。
 こんなところでブードゥー教の儀式が!?
 とビビリまくったものだが、ただ一人冷静だった沖縄出身の同級生が、沖縄ではお祝いのときにヤギをつぶして食べる習慣があって、もっぱら海岸で自分たちでさばくことがある、と教えてくれた。
 ブードゥ教ではなくてホッとしたものの、それはそれでずいぶんワイルドだなあ、という別の驚きがあったのはいうまでもない。

 水納島に私たち夫婦が越してきた当初は、島内にヤギを飼っている家はなかったのだが、その後数年経って、あるおじいが一念発起してヤギの放牧を始めたところ、それが思いのほかうまくいき、毎年何頭もの子ヤギを得るようになった。

 飼っているおじいとしては、一応「ペット」ということになってはいるものの、増えすぎたヤギの行く先をしっかり確保してあるはずはない。
 そのまま放っておけば、ネズミ算式ならぬヤギ算式に増えてしまい、ただでさえ大変な毎日の餌やりのための草刈りが、寿命を縮める重労働になってしまうことは火を見るよりも明らかだった。

 そうすると、火は見ないけどヤギを見るみんなの目が変わってくる。
 どのヤギをいつ頃食べたらおいしいか、という吟味の目である。そして、お祝い事といった何かのきっかけがあると、これ幸いとばかりにヤギを食べる話がまとまるのである。

 ちなみにヤギは美味であるとともに高級食材だから、こうして「格安」で食べることができるというのはものすごくラッキーなことなのだ。
 そのためひところはやたらと流行り、お祝い事が続いたひと月の間に、3匹ものヤギが立て続けに天に召されたことがあった。いかに高級食材とはいえ、さすがに3頭目になるとみんなもう当分ヤギはいいやという感じになってはいたが…。

 皮付きの刺身か汁にして食すのがもっぱらのこのヤギのお味は、好き嫌いがわりとはっきり分かれるほどにクセがあるけれど、県内にはヤギ料理専門店がたくさんあるほどにファンが多い。かくいう私はかなりのファンで、ヤギの刺身があるけど食べる?と訊かれれば首が取れるほどの勢いで何度もうなずくタイプだ。

 そういう食材であるためか、一昔前の沖縄の田舎ではたいていの家でヤギを飼っていたそうで、ヤギの餌である草刈りは子供の重要な仕事のひとつだったという。可愛がっていたヤギがいつの間にか料理に…という沖縄ならではのハートフルな(?)話も多い。

 世界的に見てもヤギ肉を食す文化は珍しいようだが、ここ沖縄では「アルプスの少女ハイジ」以上に、ヤギ=ヒージャーは生活に密接した身近な動物なのである。