写真・文/植田正恵

64.カモメ岩のアジサシ
月刊アクアネット2008年9月号

 

 海をイメージする鳥、といえば一般的にはやはりカモメであろう。「カモメが飛んだぁ〜♪」という歌も舞台はハーバーライトが朝日に変わる港だったっけ。童謡でも、水兵さんになるのはツバメでもスズメでもなく、やはりカモメだった。

 ここ水納島にも「カモメ岩」と呼ばれている周囲20m程の岩が、海の中にポツンとある。
 ところが当のカモメは、実は水納島にはいない。
 よくよく聞いてみると、誰かがアジサシをカモメと間違って、アジサシの繁殖地になっている離れ岩をそう名づけたのだそうだ。この通称は島民の中ですっかり定着していて、カモメではなくアジサシであることを知っていてもなお、みんなが「カモメ岩」と呼んでいる。

 このアジサシという鳥は一年中水納島にいるわけではなく、毎年 5月頃に島に渡って来て、10月頃に東南アジアやオーストラリア方面へ帰っていく渡り鳥だ。
 渡ってきた直後はしばらくのんびりして、6月になると子育てに入る。
 カモメ岩とその近辺の岩の上のくぼみに、たいてい2個の卵を産み、親鳥が交代で温める。孵った雛は灰色の綿毛に覆われているので周囲にまぎれ、まったくその存在に気づくことができないほどだ。

 餌は主にキビナゴで、雛が小さいうちは親鳥が食べて半ば消化されたものを口移しで与える。大きくなってくると、親鳥が口にくわえて運んできたものを丸呑みできるようになる。

 キビナゴとは方言でスルルーと呼ばれる小魚で、夏場に数がどっと増え、リーフ際などの水面下で光のシャワーを作っている。この小魚たちを狙って、アジサシたちは海面付近を群れなして飛び、チャンスと見るや矢のように水中へとダイブし、キビナゴを捕獲する。キビナゴはアジサシたちの繁殖には欠かせない魚なのだ。

 繁殖期は親鳥の警戒心が強く、うっかり近寄るとスレスレのところまで飛んできて、侵入者である人間を威嚇する。時には距離感が狂うのか、頭にぶつかったり、わざとなのか糞をひっかけられたりすることもあるほどだ。
 いずれにせよ神経質になっているので、6月下旬から8月は、繁殖地にはなるべく近寄らないほうがいい。もっとも、その昔はタンパク質を得るために、島民がアジサシの卵を食べることもあったという。そんなときは2個ある卵のうち1個だけ頂戴していたらしい。

 水納島にやってくるアジサシは、主にエリグロアジサシとベニアジサシの2種類で、私が引っ越してきた当初は、エリグロ50羽、ベニ300羽くらいいたと記憶している。最近では2種あわせてようやく50羽くらいなのではなかろうか。
 アジサシの繁殖シーズンといえば島のハイシーズンでもある。繁殖地周辺をひっきりなしにマリンジエットが通り過ぎれば、おちおち子育てもしていられないに違いない。その他いろいろ理由はあるにせよ、卵を人間に食べられていた昔よりも、落ち着いて繁殖できなくなってしまっているということなのだろう。
 夏の風物詩であるアジサシの減少はとても憂うべきことなのに、レッドデータブックにでも載らない限り行政がその価値に気づくことは永遠にない。

 数は少ないとはいえ今年もエリグロやベニたちが、キビナゴ目当てにリーフ周辺でにぎやかに群れ飛んでいる。そんな彼らが秋の訪れとともに去ってしまえば、まるでシーズンの終了を告げられたようで、ホッとしたような寂しいような気持ちになるのだった。