写真・文/植田正恵

67.「不便」は怖くない
月刊アクアネット2008年12月号

 

 絵に描いたようなリゾート地のひとつといっていい水納島でダイビングインストラクターなどという仕事をしていると、ときおりゲストから、「好きなことをやっていてうらやましい」なんて言われることがある。
そんなときは「ええ、楽しくやらせてもらってます」なんてニッコリ笑って答えることが多いけれど、心の中では不思議に思っていたりもする。フツーは好きなことをしていないものなのだろうか?

 都内で勤めていた頃を振り返ってみても、職場まで1時間ほど満員電車に乗らなければならないのが玉に瑕だったものの、自分の希望どおりの職につけたこともあって、仕事がとても楽しかった。職場に泊まってもいいといわれたら喜んでそうしていたかもしれない(当時宿直は男性のみだった)。
 大変なことも多かったけれど、いい勉強をさせてもらっていたと今でも感謝している(ちなみに仕事は水族館の飼育スタッフ)。

 その職場で働いていた頃は実家から通っていたので、生活するうえで必要な費用といえば、飲み代と奨学金の返還と時々ダイビングをしに行くお金ぐらいだった。
 だからこそ、好きなことだけをしていられる気楽さがあったのかもしれない。
 たしかに結婚して実家を離れ、しばらくちょっとした街中に住んでみたところ、なにをするにもやたらとお金がかかって大変だった。これで子供でもいたら、それこそとにかくキリキリ働かなければ食べていけないくらいになるに違いない。そう考えると、世の働く人々みながみな、好きなことを好きなときだけ、といかないのも道理だ。

 水納島ではどうかというと、街での暮らしに比べれば不便な生活ではあるけれど、お金はさほど必要としない。もちろん最近はお年寄りですら行政にむしりとられる世の中なので、年齢に関わらず様々な税金その他いろいろかかりはするものの、それでも都会での生活と比べたら微々たるものだ。

 早い話、生きていくための「経費」がかからない。
 そうなると、自分がしたくもない仕事をあくせくしなくてもいいやあ、という気持ちになってくる。株価がどうのなんてテレビでは連日大騒ぎをしているけれど、まあ何とか家族が食べていけるくらいどうにでもなるんじゃない?という感じで誰もさほどの危機感を持っていないように見える。

 だからなのか、島の人たちは基本的にやりたいことはやるけれど、そうでないことはやらない、というスタイルの人が多い。
 また、無理せずできる範囲でやるというのも共通している。これは沖縄全般にいえることで、納期や工期に間に合わないのは当たり前、いつまでたっても道路工事は終わらないし、待てど暮らせど注文した品が届かない、ということもザラだ。できなかったからしょうがないさあ、で済んでしまうのである。

 そういう風土で生活していることも手伝って、冒頭の「いいですねえ」という姿に映るのだろう。「いいですねぇ」とうらやみながらも、結局のところ多くの人たちが都会の便利な生活を選んでいるような気がするんだけど…。
 みんな「不便」を怖がりすぎるのだ。

 時間に追われてアクセク働きながらも都会での便利な文明生活を享受し続けるのと、不便といえば限りなく不便だけれども田舎でのんびりゆっくり暮らすのと、はたしてどちらがシアワセなのだろうか。「不便」なんて、それほど怖くはないモンなんだけどなぁ…。