写真・文/植田正恵

70.木々の思い出
月刊アクアネット2009年3月号

 

 我が雑貨屋さんの敷地はハイビスカスの垣根に囲われ、垣根の途中には2本のフクギがある。
 ハイビスカスはそれなりにお世話が必要だし、フクギは落ち葉やら実やらの掃除がけっこう手間だったりする。なので合理的に考えるなら、店舗を構えるにあたってはこじゃれたブロック塀などにしてしまう、という方法もあった。
 けれどもやはり、どんなに世話が大変でも、何十年も水納島で育ってきたハイビスカスやフクギを切るのはしのびなかったし、沖縄っぽさがよかったので、そのままにした。なんといっても観光地である。島を訪れる観光客は、けっしてコンクリートブロックを見たいわけではないはずだ。

 集落の中心付近にあるアカギは、なんでもその昔、植物好きな校長先生が島に苗を持ち込んだものだそうだ。今ではその話が俄かには信じられないほどの巨木になっている。その根は、15メートルくらい離れたところにある畑にまで及んでいるという。

 我が家の庭にあるモモタマナは、我々が引っ越してきた頃にはすでに一抱えほどの太さがあって、枝が四方八方に伸び、夏にはステキな木陰を提供してくれている。
 実はこの木は、我が茅屋を建てる際に、庭には邪魔だということで本来は伐られる運命にあったのだが、その仕事を仰せつかっていたバイト君がサボってくれたおかげで、現在立派な庭木として存在しているのだ。
 今ではそのタネから育った子(?)もすぐ脇で随分育ち、それぞれにロープを渡してハンモックをかけられるようになっている。
 またこの木は方言でクファディーサーと呼ばれ、我々よりも上の世代の人は我が家でこの木の話になるたび、子供の頃にここの木の実をよく食べたという話をしてくれる。

 とにかく小さくて狭い島だからなのか、それとも日本の田舎では大抵そうなのか、そこに生えている木ひとつとっても、歴史や思い入れがそれぞれにいろいろ詰まっている。それをおじいやおばあから聞くのは、とってもゼイタクなひとときだ。

 先日、水納小中学校50周年記念事業の一環として、学校の敷地でヒカンザクラの植樹イベントがあったのだけれど、植樹をするために、そこにもともと育っていた木々を伐採していた。もともと生えていた木も10年程前にグラウンドを整備したときに植えたモノだろうから、それほど年月を経てはいないにしても、当時植えた人もその後それを見て育った人も、その木にそれなりの思い出があったかもしれないだろうに…と思わずにはいられなかった。

 数年前那覇市のどこかで、樹齢50年以上のデイゴの木が伐採されて、新聞沙汰になったことがあった。50年近く、散歩で通りかかるたびに愛でていた老人のコメントが物悲しい。
 デイゴで50年といえばかなりの巨木である。おまけにデイゴといえば沖縄県を代表する木のひとつだというのに、それをいとも簡単に伐ってしまえる行政の神経がわからない。

 世の中は空前のエコブームで、環境保護に関する啓蒙活動は昔に比べてとても進んでいるようには見える。けれど、環境破壊がなされてしまう根本というのは、このデイゴをあっさりと伐り倒してしまえる神経にあるのではなかろうか。
 温暖化とかCo2の排出量とかいうことよりも、もっと大事なことが、それ以前の話としてあるような気がするのだった。