写真・文/植田正恵

76.孤島のバランス
月刊アクアネット2009年9月号

 以前話題にした漂着物。周りを海に囲まれている島だからこそ、様々なものが流れ着く。

 流れ着くのはモノだけではない。
 先だっての大雨の際には、なんと淡水産のヌマガメの子供が、なぜか島のビーチを歩いていた。
 大雨であふれ出した川の水に流され、流木に乗って海を渡ってきたのだろう。ヌマガメ君的には、おそらくロビンソン・クルーソー的心境だったに違いない。

 それらはみな風と波にまかせて島外から漂ってきたものたちだけれど、孤島に住んでいる動植物はどうだろう。

 島に住む完全な陸上動物にとっては、海は行動範囲を制限する逆に大きな障害に違いない。だから孤島ではその島特有の生物が進化していく。

 そのよい例がガラパゴス諸島のゾウガメだ。
 同じガラパゴスゾウガメでも、島によってその甲羅の形が少しずつ異なっており、動物の「進化」を語る際によく引き合いに出される。何千年か後には水納島の生き物たちも、独特の進化の例として教科書に載っているかもしれない。

 陸上生物にとって閉ざされた空間である孤島は、だからこそ、それぞれの生き物たちが絶妙なバランスを保って生活しているといえる。

 ここ水納島でも同様で、そこにいわゆる外来種がやってくると、そのバランスは途端に崩れ、かつてこの稿で触れたギンネムのようになってしまう。

 島のおじい、おばあによれば、ギンネム以外にもハブや5cmくらいあるナメクジも、「昔はいなかったさあ」という生き物らしい。
 どちらも能動的に海を渡ることはありえそうにないので、おそらく人の行き来で何かにまぎれてやってきたのだろう、ということになっている。

 規模は小さいながら、れっきとした帰化動物、外来種だ。

 ナメクジはあまり人目につかないせいか、畑仕事をする女性以外で取り沙汰する人はいないものの、ハブともなると住民生活に大きな影響を及ぼしている。

 そうはいってもどちらも水納島に住み着いて数十年以上経っているわけで、すでに島の一員としてバランスが保たれつつあるのかもしれない。
 逆に、私が越してきた頃にはわりと見られたシロハラクイナなど、最近ではほとんど見かけなくなっている動物たちもいる。

 人間社会はどうだろう。

 引っ越してくる前は、離島とはいえいわゆる閉鎖的社会とは無縁なところだと思っていた。
 けれど人間も陸上生活者であり、小さな島の中で微妙なバランスを保って生活していることに変わりはない。だからこそ独特の文化や伝統が育まれるのだ。
 
  そこへ、まるで漂着物か帰化動物のようにどこの馬の骨とも知れない我々夫婦がたどり着いたわけである。
 バランスが崩れないわけはない……ということに最近思い至れるようになった。

 なるべく島の方と同じ商売はやらない、伝統やしきたりには従う、ということは越してきた当初から頭にあったし、14年経ってだいぶバランスが保たれてきただろうとは思うものの、それが「ほどよいところで」なのかどうかはわからない。

 今後誰かが越してくるということも考えられる。
 そうしたら今のバランスは一時的にせよ間違いなく崩れるだろう。それを誰もが怖がるから、過疎地域はいつまで経っても過疎のままなのかもしれない。

 新たな「血」の導入がいいところでバランスを保てるようになったらいいなあ、と理性では思うものの、このまま静かに暮らしたいなあと、もうすでに島民側の視点で考えるようになっている自分に、あらためて気づくのだった。