写真・文/植田正恵

8.スイカ大豊作の思い出
月刊アクアネット2004年1月号

 新年を迎え、シーズンオフもはや中盤に差し掛かっている。冬の蓄えに先が見えはじめ、そろそろ来シーズンのことが気になり始める頃でもある。そうはいいつつ、日々の生活は大して変わることはなく、畑に庭仕事にと、晴れた日はシーズン中より忙しい。夏の間できないことを一気にやろうとするので、ついつい夢中になってしまうのだ。そしてあきれられながら、だんなに夜な夜な腰を揉んでもらう羽目になっている。
 それでも、実る楽しみを一度味わってしまうと、堆肥を作る手間すらも何のそのである。もっとも沖縄はものなりの良い気候らしく、肥料をしっかりあげて、剪定などほんのちょこっと手を加えてあげればたいていの果物は実るようだからそれほどの手間でもない。我が家でも最初に植えた島バナナやパパイヤをはじめ、パッションフルーツ、シークヮーサー、カスタードアップル、アセロラ、そして近頃流行りのドラゴンフルーツなど、台風や害虫の被害をのぞくと毎年何かしらうまくいっている。こういった楽しみがあるので、ついつい花ではなくて実を楽しむ樹木を植えてしまう。

 果物は木になるもので、イチゴ、スイカ、メロンは果物ではない、ということがわざわざ農業関係の法律に定められているらしい。けれど私の頭の中ではどれも美味しい果物、という認識である。その中でもスイカは、沖縄県内では水納島が発祥の地であると言われているほどのかつての島の名産品。ところが近年は産業として成り立たせた隣村にお株を奪われ、私が越してきた頃は水納島でスイカ栽培をしているのは一軒だけになっていた。
 そんなおり、暇つぶしに船員さんがスイカ作りにチャレンジしたところ、誰も予想だにしなかったほどの大豊作。おすそ分けによりその年はスイカ食べ放題だった。こいつはなかなかいいかもしれない、私もやってみよう!と、早速翌年チャレンジ。

 沖縄では露地栽培の場合、スイカは2月に種まきをして5月に収穫をすることになるのだが、当時は本業もヒマだったので、収穫時期がシーズンに入っていてもなんの問題もなかった。60坪くらいの畑を借り、50株ほどの苗を植えつけた。この初チャレンジのスイカがうれしいことに大豊作!!畑一面に、ゴロゴロゴロゴロと大きなスイカが転がっていた。

 ところがここで一つの大きな問題が持ち上がった。トマトやナスのように、少しずつ収穫できればいいのだが、スイカは一気呵成にドドンッと収穫できてしまう。7、80個のスイカ、しかも1個5〜10キロあるものを一度に収穫すると、二人で手分けしてさえ腰が砕けるほどになる。おまけにその年は前年の船員さんの成功を目にした島中のおじいやおばあが、農家のプライドをかけてスイカを作ったところこれまたみんな大豊作だったので、有り余るスイカを配る先すらなく、どれほどゼイタクに志村けん食いをしようとも間に合わず、20個ほどはそのまま土に帰ることになった。
 翌年以降はなぜか島中不作続きで、我が家でも毎年数個ほどしか収穫できていない。もう一度軽トラック一杯のスイカを収穫してうれしい悲鳴をあげてみたいこのごろである。