写真・文/植田正恵

81.ビーチロック
月刊アクアネット2010年2月号

 

 沖縄にはビーチロックというものがある。
 そう聞くと、アメリカンな沖縄にはビーチパーティーというものがあるくらいだから、きっと海辺で行うロックフェスタか何かだろう…と想像する方がいるかもしれない。
 ところがビーチロックというのはれっきとした地質学の専門用語で、海岸の砂が化学的に変化して固まった石灰質砂岩のことだ。日本では南西諸島だけで見られるという。

 興味本位で受けた海洋地質学の授業でこの言葉を習った際、「ビーチロックはかなり短時間でできるため、なかには岩の中にコーラの瓶が入っていることもある。また岩というにはもろく、逆に言えば細工しやすい。」というような説明があった。
 コーラの瓶が入っている岩だなんて、なんだかB級SF映画のようだと思ったものだが、まさかこんなにも身近にそのビーチロックがある生活をするようになるとは、当時は夢にも思っていなかった。

 周囲4キロほどの水納島の浜辺を歩くと、北西と南の海岸に、数十センチほどの厚さの板状の岩が何層も重なっていたり、まるでテーブルのように一枚板になっているところがあるのに気づく。
 それがビーチロックだ。
 波しぶきしかかからないようなところでは海岸植物のウコンイソマツが生えていて、秋には黄色いお花畑になる。岩を割って取り出せば、そのまま盆栽になりそうな植物だ。
 波に洗われるあたりには、早春にヒトエグサ(アオサ)がびっしりと生え、島中の食卓をにぎわしてくれる。

 水納島では、そんなビーチロックを集落の中でも見ることができる。
 まだ越してきたばかりの頃、島内を散策していてある空家にたどり着いた。キジムナーが住んでいそうな大きなガジュマルの下にあるその家は、屋根はトタン葺きで、電気も通っていた跡はあるものの、壁を見て驚いた。ビーチロックなのである。よく見るとその家の敷地の境界も、ぐるりビーチロックだった。
 なんだかまったく違う時代に迷い込んでしまったような不思議的衝撃を受けた。

 島の人に聞いてみたところ、島外から資材を運ぶのがままならなかった昔は、男の人たちが力を合わせて海岸から切り取ったビーチロックを運び、家や豚小屋を造っていたんだそうな。
 また水納島は土壌が砂質だから、砂が崩れてこないようにビーチロックで屋敷の周りを囲ってもいたともいう。そして水納小中学校の校門近くにあるベンチは、30年ほど前にビーチロックを男6人で運んで作った、と島のおじいが教えてくれた。
 ベンチひとつに男手が6人ということは、ひとつの家を作ろうとしたらどんなに大変だったろうか。いくら小さな島とはいえ、普通は海から家まで岩は運べないんだけど…。

 我々が営んでいる雑貨屋さんの敷地にも、実はビーチロックが数個ある。敷地内の位置から推し測ると、それはどうやら豚小屋の名残らしい。
 位置的には非常に邪魔っけなので、何も知らなければどけてしまってすっきりさせたくなるところであはるものの、昔この岩を島の人たちが力を合わせてワッセワッセと運んできたんだと思うとなんだか愛着(?)が湧いてしまい、結局今もそのままになっている。

 岩になるのに時間はかからないけれど、その後様々に利用され、長い年月その役割をまっとうし、趣まで醸す。ビーチロックの実力に静かに感動するのだった。